中東かわら版

№51 サウジアラビア:バイデン米大統領のサウジ訪問

 2022年7月15日、バイデン米大統領がサウジアラビアのジェッダに到着し、翌16日のGCC+3(イラク・エジプト・ヨルダン)サミットに参加した。サミットにはアスアド副首相(オマーン)、タミーム首長(カタル)、ミシュアル皇太子(クウェイト)、ムハンマド皇太子(サウジ)、ハマド国王(バハレーン)、ムハンマド大統領(UAE)、カージミー首相(イラク)、シーシー大統領(エジプト)、アブドッラー2世国王(ヨルダン)というハイレベルな顔ぶれが揃い、アフガニスタン・イエメン・ウクライナ・シリア情勢、イラン核協議、気候変動対策と再生可能エネルギー、石油高騰、中東和平等、多くのテーマについて協議がなされた。これに関して、特にサウジ・米国関係で注目すべき点は以下の通り。

 

 1. 全体の議題及び米国の中東政策

 イランについてはIAEA及び地域諸国との協力を同国に呼びかけることが確認された。石油高騰について、バイデン大統領はサウジへの増産要請を事前に示唆していたが、サウジ側の回答は「(2027年の目標数値である)日量1300万バーレルからのさらなる増産はない」というものだった。この他、中東和平問題については各国がイスラエル・パレスチナの二国家解決を前提に対応することが確認された。そして今後の米国の中東政策の姿勢として、バイデン大統領は「中国、ロシア、イランが入り込む余地(vacuum)を生み出さない」と述べた。

 

 2. バイデン大統領とムハンマド皇太子の会談

 サミット以上に注目された本会談に関して、バイデン大統領はジャマール・カショギ氏殺害事件に触れることを予告していた。これに対してムハンマド皇太子は、(自身の関与を改めて否定した上で)痛ましい事件だがどこででも起こりうる過ちであり、米国もイラク・アフガニスタンで人権侵害を働いた、と反論した。

 

3. サウジ・イスラエル関係

 今次訪問は、パレスチナを挟みつつイスラエル訪問の後になされたことから、米国によるサウジ・イスラエルの国交正常化を見据えた仲介とも報じられてきた。これに関して、バイデン大統領は国交正常化には時間を要すると事前に述べた上で、自身が搭乗したイスラエル発の航空機の領空通過をサウジが認めたことを「歴史的決定」と称えた。ただしサウジ側はこれを「イスラエルとの外交関係とは無関係」で、「今後のイスラエルとの関係構築のための第一歩というわけでもない」と強調した(ファイサル・ビン・ファルハーン外相)。

 

評価

 11月に中間選挙を控える中、米国では物価高騰等を理由にバイデン政権の支持率が低下している。それもあって、今次訪問でプレゼンスを示そうとの強い意欲が同大統領には見られたが、アピールに足る成果を打ち出せなかった。とりわけ注目を集めた対サウジ関係においては、石油増産に関する言質を取れず、カショギ事件への言及は形式的にとどまった上に反論され、対イスラエル関係についても認識の違いをサウジ側から強調された。

 今後の中東への関与についても、米国は中国、ロシア、イランへの牽制を掲げたが、この3カ国を並べるのはGCC+3側からすれば少々的外れである。各国にとって、イエメンやレバノン等でのイランの影響力拡大を米国が牽制するのは概ね望ましい。しかしロシアはシリア、OPEC+、アフリカ(特にサブサハラ)等で利害調整をする相手であり、中国はプラグマティックな経済パートナーである。中東地域からのロシア・中国の排除は、GCC+3から見れば米国の一方的な願望に過ぎない。

 関連して、サウジが米国の石油増産要請に応じなかった背景には、来月上旬のOPEC+会合もあるだろう。だとすれば、これは単に米国の要請を断っただけでなく、エネルギー政策の重要決定のパートナーとして、OPEC+加盟国であるロシアを米国より優先するとの意思表示となる。もとより石油高騰の背景の一つでもあるウクライナ情勢をめぐって、GCC諸国は米国主導のロシアの孤立化政策を支持していない。その上で、事後処理への協力も留保した形だ。こうしたサウジの強気な姿勢の背景には、米国が中東への関与を低下させたこの10年程で、サウジがロシア、中国、またフランスといった他の域外諸国との戦略的な関係を強化してきたことがあるだろう。

 もっともそうした中でも、サウジが米国を安全保障上の最重要パートナーと捉える構造自体は変わらず、さらに言えばイランの脅威を共通の関心事項とするイスラエルとの何らかの共闘がサウジにとって魅力ある選択肢であることは間違いない。これを前提に、米国が仲介役となってサウジ・イスラエルが非公式な協力関係を模索する状況は今後も続くだろう。

 ただしその過程で、イスラエルがサウジとの国交正常化を既定路線のごとく語る事態はサウジ側としては耐え難い。サウジは国交正常化の前提条件としてイスラエルのパレスチナ領からの部分的撤退とパレスチナ国家の建設を掲げており、これを抜きに国交正常化が語られるのはサウジの顔に泥を塗るに等しい。さらに近年、イスラエル諜報機関がイラン国内での「活動」を公に認めるといった、開き直りととれる言動も受け入れ難い。サウジの基本的な姿勢は、域内の緊張緩和を最優先にイランに対話を呼びかけるというもので、イラン国内が政情不安になることは望んでいない。総じて、イスラエルが自陣に与するよう求め、イラン包囲網を主導しようとすればするほど、サウジとしては公な関係構築が難しくなる。米国がサウジ・イスラエル間の仲介役になれるとすれば、こうした認識を把握した上での両国の利害調整が求められよう。

 

【参考】

「米国・イスラエル:バイデン大統領のイスラエル訪問(2)」『中東かわら版』No.50。

「サウジアラビア:ムハンマド皇太子のエジプト・ヨルダン・トルコ歴訪」『中東かわら版』No.40。

(研究員 高尾 賢一郎)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP