中東かわら版

№29 イスラエル・レバノン:カリシュ・ガス田をめぐる対立

 2022年6月4日、イスラエルが天然ガス開発を進めるカリシュ・ガス田(ハイファ沖80キロ)に、ギリシャのエネルギアン社(Energean)の掘削機が到着し、同ガス田における天然ガス生産活動の準備が始まった。しかしガス田はイスラエルとレバノンが排他的経済水域を巡り係争中の海域付近に位置するため、レバノンから強い反発が示された。レバノンのアウン大統領は「係争海域でのいかなる活動も敵対行為に相当する」と警告し、軍にイスラエルの掘削活動に関する詳細情報を報告するよう命じた。ミーカーティー首相も、イスラエルがレバノンの海洋資源を囲い込み、係争海域に既成事実を作ろうとしていると非難した。

 レバノンからの反発を受け、イスラエル側も様々な対応をとっている。イスラエル軍は5月初旬から大規模軍事演習「Chariots of Fire」を開始し、イスラエル北部やレバノン南部の地形と似たキプロスでヒズブッラーとの戦闘を想定した訓練を実施した。同月中旬には、米国、フランス、イタリア、ギリシャ、キプロス、エジプトと共に、キプロス沖での合同海軍演習「Argonaut 2022」に参加し、沖合での民間人救出作戦の訓練を行った。また、ヒズブッラーがカリシュ・ガス田を攻撃する事態を想定し、イスラエル軍はミサイル防衛システム「アイアン・ドーム」を活用できる海軍艦艇を動員しての防衛作戦を準備しているという。

 

評価

 イスラエルとレバノンは排他的経済水域の境界線を巡り長年対立してきたが、2020年10月に海上境界問題を解決するための交渉を開始した。数度の交渉が行われたものの、互いの主張が衝突し、解決には至っていない。こうした状況下でイスラエルが係争海域付近でガス田開発を開始した。

 東地中海地域の天然ガス資源は、イスラエル沖やエジプト沖に巨大な埋蔵量を誇るガス田が発見されたり、欧州との地理的近接性による輸出の実現可能性が議論されたりしており、近年、東地中海諸国が特に力を入れる産業である。最近では、ウクライナ危機により欧州諸国がロシア産石油・天然ガスの輸入を停止したため、東地中海地域の資源が代替輸入先として注目を浴びている。したがって、イスラエル・レバノン両国は自国の海域にある天然ガスを欧州に輸出できる重要な国家資産と位置付けており、ヒズブッラーは係争海域におけるイスラエルの一方的なガス開発を批判してきた。イスラエルとイランの軍事的緊張が高まる現在、イスラエルはヒズブッラーの脅威を特に警戒しており、海洋資源を巡る対立が軍事的な緊張に発展する恐れがある。

(上席研究員 金谷 美紗)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP