中東かわら版

№21 イスラエル:連立政権の危機

 ベネット連立政権の成立から1年が経ち、同政権は崩壊の危機に直面している。連立政権には、入植地建設を推進する右派政党から入植地に反対する左派政党、さらにアラブ系政党までが加わり、本質的にパレスチナ問題に関して対立が不可避な組み合わせである。さらに、連立与党の議席数は国会でかろうじて過半数となる61で、1人でも連立を離脱すると過半数割れに陥るリスクがあった。5月現在、ベネット政権は実際に過半数割れに直面しており、これに対してネタニヤフ前首相がリクード主導の右派政権を形成するべく右派議員に圧力をかけている。連立危機に関連する一連の出来事は以下の通り。

  • 4月6日、ヤミナ党(右派、ベネット首相が党首)のイディット・シルマン議員が連立離脱を発表した。これによって、連立与党の議席数は野党と同数の60になった。離脱の理由として、ベネット政権がイスラエルのユダヤ・アイデンティティを損なうような立場(左派・アラブ系政党や世俗的なイスラエル・ベイテヌ党への配慮)を採ったことと説明した。
  • 4月7日、ヤミナ党は連立政権に参加していないアミハイ・シクリ議員をヤミナ党会派から除外する手続きを開始した。25日、国会は同議員のヤミナ党会派除外を承認。
  • 4月17日、ラアム党(アラブ系)はアル=アクサー・モスクでのイスラエル治安部隊とパレスチナ人の衝突に抗議し、同党の連立政権での活動を2週間停止すると発表。5月11日に連立復帰を決定。
  • 5月13日、カハナ宗教問題相(ヤミナ党)は、ヤミナ党のカルフォン議員の連立離脱を防ぐため、宗教相を辞任し、国会議員資格を復活させた。
  • 5月19日、メレツ党(左派)のガイダー・リナーウィー・ズアビー議員(アラブ系)が、ベネット首相、ラピード外相、ホロヴィッツ・メレツ党党首宛てに連立与党から離脱する旨の書簡を送った。離脱の理由として、政府がアル=アクサー・モスク、シャイフ・ジャッラーフ地区の住宅立ち退き問題、入植地建設、市民権法、ネゲブ地方のアラブ人住宅問題で強硬な右派的政策を採ったことと説明した。

 

評価 

 連立危機の直接の要因は、ラマダーン月と過ぎ越し祭が到来した4月、東エルサレムで再びイスラエル治安部隊とパレスチナ人の衝突が激化したこと、5月にアル=ジャジーラ局のシリーン・アブー・アキレ記者が西岸での取材中に銃弾を受けて死亡した事件が関係している。しかし、8党連立の本質的な矛盾が連立離脱者という形で露呈したとも言えるだろう。

 連立与党内の揺らぎを受け、ネタニヤフ前首相は連立政権の崩壊を目論み、国会内で61人以上の協力者を確保しようと画策している。既に5月初旬に国会解散動議の提出を計画したが、ラアム党の連立復帰で断念に追い込まれた。6月には国会で2023年度予算の審議があり、ネタニヤフ前首相は予算案の否決という方法で国会解散と選挙に持ち込む可能性がある。リクードと協力可能な右派政党と宗教政党だけでは61議席に達しないため、国会解散に持ち込むためにはアラブ系政党のラアム党か合同リストの協力が必要となる。ベネット連立政権の行方は、連立与党からの離脱者を止められるか、ネタニヤフ前首相が離脱者やアラブ系政党と共に新たに連立を形成できるかにかかっている。

(上席研究員 金谷 美紗)

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