中東かわら版

№20 レバノン:国民議会選挙の実施

 2022年5月15日、国民議会選挙(一院制、128議席)が実施された。選挙制度は比例代表制で、全国を15の選挙区に分け、宗派人口割合をもとに各選挙区に宗派別の議席が割り当てられる(スンナ派、シーア派、マロン派、ドルーズ派、カトリック、正教会)。

 17日に内務省が発表した選挙結果や現地紙報道によると、自由愛国運動(キリスト教)やヒズブッラー(シーア派)などが率いる親イラン・シリア勢力(3月8日連合)は過半数の64議席以上に達せず、58議席前後となる見込みである。これに対して、親欧米・サウジ勢力(3月14日連合)のレバノン軍団(キリスト教)が最大議席の19を獲得した。また、政府の腐敗を批判する市民社会勢力が13~15議席を獲得した。投票率は、前回の2018年選挙からマイナス8ポイントの41%だった。

 今回の議会選挙は、2019年秋から始まった市民の反政府抗議運動、2020年夏のベイルート港爆発事故、経済の崩壊といったレバノン史上最大の政治経済危機を受けての選挙となった。また、選挙前に、スンナ派最大勢力・ムスタクバル潮流のサアド・ハリーリー元首相が政治過程の混乱の責任を取り、自身とムスタクバル潮流の選挙不参加を発表していた。

 

評価 

 選挙の争点は、前例なき経済危機(デフォルト、通貨暴落、物価高騰、国民の海外脱出)からの脱却、政治エリートの既得権益と腐敗が蔓延る政治経済構造の改革であった。湾岸アラブ諸国によるレバノン経済救済策の議論ではヒズブッラーの非武装化も焦点となった。しかし、これらの問題をめぐり、対立する政治勢力は互いを批判する舌戦を続け、レバノン軍団とヒズブッラー・アマル運動の支持者が街頭で銃撃戦を展開した。ベイルート港爆発事故の裁判では、ヒズブッラー・アマル連合の政治家が起訴されたことで司法の場が政治対立の場と化し、閣議が長期間停止されるに至った。こうした不安定な政治過程を反映してレバノン・ポンドは下落を続け、2019年秋から価値を90%失い、1ドル=3万ポンド前後まで下がった。

 市民社会勢力の当選は、未曽有の危機にあっても政治エリートの行動に変化がないことへの不満を反映している。ヒズブッラーの牙城である南レバノン3区(マルジャアユーン、ビントジュバイル、ハスバヤ)で、ヒズブッラー・アマル連合が推薦する閣僚経験者や現職議員を破り、2名の市民社会勢力が当選した。

 しかし、今回の選挙結果によって、エリートの既得権益と腐敗が交じり合う構造に改革のメスが入るとは考えにくい。また、選挙後の組閣作業も以前と同じく難航することが予想される。次期内閣はIMFとの融資合意の条件である経済改革を実施するという重要課題があるため、組閣の遅れは経済危機を長引かせる要因になるだろう。

(上席研究員 金谷 美紗)

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