中東かわら版

№16 シリア・イラン:アサド大統領によるイラン訪問の含意

 2022年5月8日、シリアのアサド大統領がテヘランを電撃訪問し、ハーメネイー最高指導者、及びライーシー大統領と個別に会談した。アサド大統領によるイラン訪問は、2019年2月以来約3年ぶりで、シリア内戦が2011年に始まって以来2回目となる。

 ハーメネイー最高指導者は会談の中で、「シリアは国際的な紛争において勝利を遂げた」、「現在、シリアに対する尊敬と信頼は、以前より増しており、諸外国はシリアを大国として見上げている」とアサド大統領のリーダーシップを称賛した。

 一方で、同最高指導者は、イランとシリアの隣国指導者の幾人かは、シオニスト体制(注:イスラエルを指す)の指導者と関係を有し、コーヒーを一緒に飲むなど蜜月を築いているが、これらの国々の人民は「ゴドスの日」に路上で反シオニスト体制のスローガンを叫び抗議していると述べ、抑圧されたパレスチナ人民に寄り添う姿勢を示した。

 また、ハーメネイー最高指導者は、革命防衛隊ゴドス部隊の故ソレイマーニー司令官の殉死に触れ、同司令官がシリアで挙げた功績は、彼が「聖なる防衛」(注:1980~1988年のイラン・イラク戦争を指す)の8年間で行った偉業と並ぶほどであったと述懐し、これまでのイランとシリアとの深い友好関係に言及した。

 これに対し、アサド大統領は、戦争で破壊されたものは復興できるが、原理原則が失われてしまうと元に戻すことはできないと述べ、ホメイニー師が唱道した原理原則に基づく、イラン人民の抵抗に向けた団結が今日のイランとパレスチナ人民の大勝利につながったと返答した。その上で同大統領は、イランによる抵抗戦線への支援を軍事支援が中心だと想像する人もいるかもしれないが、イランが行う最も重要な支援は抵抗の息吹を吹き込み、それを続けていることだと述べた。また、同大統領は、シオニスト体制が地域を支配できない理由は、イランとシリアが戦略的関係を築いているからだとし、二国間関係の発展を重要視する姿勢を示した。

 また、ライーシー大統領はアサド大統領との会談で、シリア領土の一部は外国勢力によって「占領」されているとの認識を示し、シリアが抵抗戦線において果たす大きな役割を称えるとともに、これまでと同様に二国間関係を拡大させる意向を伝えた。なお、今次訪問において、イランからシリアへの輸出に関するクレジットライン(輸入を促進するための一定金額の融資枠)の活性化が合意された。

評価

 今次訪問の内容はイラン・シリア関係が密接であることを改めて示すものだが、より重要なこととして、何故、アサド大統領が今イランを訪問したのかを理解する必要がある。そのためには、シリア紛争の現在の趨勢と同国を取り巻く近年の国際環境とを把握する必要がある。

 シリア紛争の軍事情勢は政府軍が有利な状況で膠着状態にあり、北部の反体制派支配地域を除いた領土では戦闘がほぼ終結し、アサド政権は統治を回復しつつある。したがって、同政権は戦後復興を最重要課題としており、その一環で、アラブ連盟復帰の模索やUAEとの関係改善を進めている。しかし、欧米諸国から厳しい経済制裁を受けるシリアとしては近隣アラブ諸国との貿易投資関係を促進することは難しく、イランとの経済協力の継続が必要不可欠となる。また、シリアは慢性的な燃料不足にあることに加え、ウクライナ危機による基本物資の物価上昇にも苦しんでいる。このため、アサド大統領はイランからの物資輸入を可能とするべく、イランとのクレジットラインの活性化で合意した。アサド政権にとって、今次訪問は、経済制裁下にある自国経済の危機打開の意味合いが強い。

 また、ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月)を受け、欧米諸国がロシアに対して厳しい経済制裁を科している。戦争の長期化も相俟り、ロシア経済の暗転が予期される。こうした流動的な状況にあって、アサド政権がイランを後ろ盾として必要とした可能性はある。

 アサド大統領が帰国した翌9日、イランのハティーブザーデ外務報道官は、「アサド大統領の訪問は暫く計画されていたが、然るべき状況が待たれていた。シリアはテロリストとの戦いで優勢となり、現在、戦後復興過程にある。アサド大統領の今次訪問は、シリアが今や新しい段階に入ったことを示すものだ」と発言している。この発言とクレジットライン活性化の合意からは、シリアと(イスラエルとの関係正常化を進める)アラブ諸国との関係改善が見られる中、アサド政権を後援してきたイランが、これまでの密接な関係を基に、今後の戦後復興過程でも引き続き役割を果たす意向を示したことが読み取れる。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「シリア・UAE:アサド大統領のUAE訪問」2021年度No.128(2022年3月22日)

 

<中東分析レポート>【会員限定】

・「UAEの地域外交の動向と展望――イスラエル・トルコ・シリアとの関係を中心に――」R21-10

(上席研究員 金谷 美紗)
(研究員 青木 健太)

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