中東かわら版

№13 アフガニスタン:反ターリバーン勢力の動向

 2021年8月15日に首都カーブルを陥落させて以降、ターリバーンがアフガニスタンにおける政治・軍事的優位を確立し、それを維持する状況が続いている。現時点において、ターリバーンはほぼ全土を掌握しており、「事実上の権力(the de fact authorities)」として国の実質的な統治を行っている。

 とはいえ、ターリバーンによる厳しい統治に反発する政治勢力は依然存在しており、これら勢力をも包摂する政権の樹立がアフガニスタンの安定化に向けての重要課題である。また、現在も「イスラーム国ホラーサーン州」(ISKP)が散発的に治安事案を引き起こしており、流動的な治安情勢が懸念材料である。

 以下では、断片的ながらも、反ターリバーン勢力の直近の動向を簡単に取り纏め、現在の政治・軍事情勢を概観したい。

 

アフガニスタン・イスラーム共和国政府有力者

  • カーブル陥落と同日、カルザイ元大統領(パシュトゥーン人)、アブドッラー元国家和解高等評議会議長(タジク人)、及び、ヘクマティヤール・イスラーム党指導者(パシュトゥーン人)が国内に留まり調整評議会を設置し、ターリバーンや諸外国の特使らと対話を続けている。
  • 1990年代に反ターリバーンを旗印に結集した北部同盟の系譜を継ぐ、アフマド・マスード(タジク人。故アフマド・シャー・マスード将軍の息子)率いる国民抵抗戦線(NRF)は、昨年9月上旬までパンジシール渓谷に留まり武装抵抗を続けたがターリバーン側に敗北した。その後、マスードはタジキスタンに退避したと報じられた(2021年11月1日付『タス通信』)。
  • カーブル陥落前後、ターリバーンの進攻を前に、ドーストム元帥(ウズベク人。国民運動党指導者)はトルコに国外退避したと報じられた。また、アター元バルフ州知事(タジク人。元イスラーム協会野戦指揮官)はUAEに退避し、モハッケク元行政副長官(ハザーラ人。国民統一党指導者)も国外に逃れ、現在イランとトルコを行き来している、と報じられた(2022年4月18日付『アーマージ通信』)。
  • 対ターリバーン戦で陣頭指揮を執ったムハンマディ元国防相(タジク人。元イスラーム協会野戦指揮官)は、ガニー大統領(パシュトゥーン人)の国外逃亡を受け、タジキスタンに退避したと報じられた(2022年3月26日付『47ニュース』)。

 

ISKP

  • 2022年4月19日、ISKPは、ウズベキスタン南部テルメズにロケットを発射したと主張した。これに対し、ウズベキスタン政府、及び、ターリバーンは否定した。
  • 4月21日、北部バルフ州マザーリシャリーフのシーア派モスクに対する攻撃が発生し、30人以上が死亡、90人以上が負傷した。ISKPが犯行声明を発出した。

評価

 ターリバーン暫定政権の閣僚ポストは、わずかに少数民族に配分されているものの、ほとんどは最大民族パシュトゥーン人であり、またターリバーン幹部によって占められている。また、イスラーム共和国政府の政治有力者も入閣しておらず、女性も登用されていない。こうしたターリバーンによる「権力の独占」とも呼ばれ得る状況は、女子生徒の教育へのアクセス制限と並び、国際社会がターリバーンを政府承認しない主因となっている。

 こうした中、ターリバーンに軍事的に対抗できる勢力が現れるか否かは、今後の政治動向を左右するポイントだが、現状に鑑みれば反ターリバーン勢力は全体的に低迷している。最大の抵抗勢力であるNRFの指導者を含め、主要な政治有力者のほとんどが隣国に退避しており、陣頭指揮を執っていない。国内の戦場において、下級司令官や戦闘員のみで強固な抵抗戦線を築くことは非現実的といわざるを得ない。確かに、昨年末頃より、NRFによるターリバーンに対する散発的な攻撃が報じられ、交戦の末に双方に被害が生じる様子が見られる。しかし、これらの戦闘は局地的なものであり、大勢を一変させるには至っていない。こうした状況は、今後もしばらく続くと考えられる。

 もう一つ注目すべきは、ISKPの動向である。ターリバーンとISKPは、双方の指導者レベルで反目しあう関係にある。ISKPによるターリバーン戦闘員の車列に対する攻撃、及び、シーア派モスクや教育施設に対する攻撃は継続的に続いている。しかし、米軍撤退後、アフガニスタン全土でISKPの活動が活発化しているかといえば、量的な面での答えは否である。

 こうした現状を踏まると、今後、反ターリバーン勢力が結集して、ターリバーンを軍事的に打倒する事態が起こる可能性は、少なくとも近い将来に限れば低いだろう。但し、アフガニスタンは多民族国家であり、あらゆる政治・民族集団を包摂した政治体制が築かれなければ安定したものとはならない。過去、イランが仲介し、ターリバーンとNRFが協議をした経緯もある。したがって、今後も当事者双方から信頼される第三者による仲介を得つつ、ターリバーンとその他の政治勢力が対話の場を持ち続け、多様性を包摂する妥協点を模索することが重要だ。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 

<中東かわら版>

・「アフガニスタン:ターリバーンが「イスラーム国」を拒絶」2015年度No.41(2015年6月17日)

・「アフガニスタン:ターリバーンと国民抵抗戦線との会合をイランが仲介」2021年度No.101(2022年1月11日)

 

<イスラーム過激派モニター>【会員限定】

・「ターリバーン統治下の「イスラーム国」」M21-12

(研究員 青木 健太)

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