中東かわら版

№10 アフガニスタン:パキスタン軍機の越境攻撃で多数の市民が死傷

 2022年4月16日未明、南東部ホースト州、及び、東部クナル州で、パキスタン軍機による越境攻撃が発生し、40名以上が死傷した。

 民放『トロ・ニュース』(独立系)は、16日午前3時頃に空爆が始まり、民家が破壊され、女性や子どもを含む市民40名以上が死傷したとの目撃者の証言を伝えた。また、同記事は、クナル州情報文化局の担当者によるものとしてパキスタン軍の迫撃砲で少なくとも6名が死亡した、負傷者の一人によればパキスタン側から軍用機が飛来し民家を空爆した、と報じた。また、16日付パキスタン英字紙『エクスプレス・トリビューン』は、パキスタン軍用ヘリがクナル州の4つの郡で民家を空爆した末、市民36名を殺害したとのターリバーン司令官の証言を報じた。

 これを受けて、16日、ターリバーンのムジャーヒド情報文化副大臣代行兼報道官は、「アフガニスタン・イスラーム首長国(筆者注:ターリバーンを指す)は、ホースト州とクナル州の難民に対するパキスタンの攻撃を強く非難する。イスラーム首長国は、パキスタン側にアフガン人の忍耐を試さないよう、また同様の過ちを繰り返さないよう求める。さもなくば、恐ろしい結果に直面するだろう」と警告した。同日、ターリバーンのモッタキー外相代行はマンスール・アフマド・ハーン駐アフガニスタン・パキスタン大使を呼び出し、今般の越境攻撃を強く非難するとともに、本国に伝達するよう要求した。

 今次事案を受けて、アフガニスタン国内では抗議デモが広がった。16日、事案が発生したクナル州では大規模な反パキスタン・デモが行われた。翌17日にも、東部ナンガルハール州で同様の抗議デモが発生した。

 こうした中、17日、パキスタン外務省は声明を発出し、「テロリストが、何の咎めもなくアフガニスタンの領土をパキスタン領内への攻撃に使用している」との見解を示した。また、同声明は、「残念ながら、パキスタン・ターリバーン運動(TTP)を含めたテロ組織が、国境地帯でパキスタン国境警備隊を攻撃し続けており、パキスタン兵士の殉教を引き起こしている」と、今次事案の実行主体には言及しないものの、アフガニスタン側の不備を糾弾した。一方で、現時点で、パキスタン軍統合広報局(ISPR)は、今次事案に反応していない。

評価

 両国の国境であるデュランド・ラインは、1947年にインドから分離独立したパキスタンが認めているものの、アフガニスタンは「押し付けられた国境」だとして認めていないことから、歴史上常に係争となってきた。昨年8月のターリバーン実権掌握以降も、パキスタン軍が国境線上に鉄条網を設置する一方で、ターリバーン兵士がこれを撤去するなど、死傷者を生じさせる程の小競り合いが断続的に続いてきた(詳細は『中東かわら版』2021年度No.115参照)。

 今次事案に先立っては、パキスタン北西部の北ワジリスタン地区で、パキスタン軍の車列が襲撃され7名が死亡する事案(4月14日)が発生していた。パキスタン軍側は、自国の安全保障上の脅威であるTTPなどのテロ組織が、アフガニスタン領内に潜伏していると見做している。地元目撃者の証言や映像などを総合すると、パキスタン軍部が今次事案を実行した可能性は高い。パキスタン軍部は、今次事案により、TTP等のテロ組織を匿わないようターリバーンに対して警告を発したと推測される。なお、同軍部が、パキスタンでの首相交代を経ても、テロ対策に妥協はない姿勢を示そうとした可能性もあろう。

 とはいえ、前述のようにパキスタン軍部の意図が説明されるとしても、ターリバーン側からしてみれば、今次事案はアフガニスタンの主権と領土保全を脅かす侵略行為に他ならない。このため、ターリバーンはパキスタン側に抗議を続け、不快の意思を伝え続けるだろう。

 今後、アフガニスタン・パキスタン間の軍事的緊張が高まるかどうかは不透明だ。ただ、パキスタン軍がアフガニスタン領内に越境攻撃を仕掛ける事案は、過去に幾度も発生しており、決して珍しい事態ではない。未だ政府承認する国が一つもないターリバーンにとり、パキスタンは重要な政治的後援国でもある。また、経済面でも、仮にパキスタンが国境を封鎖すれば、輸出入の多くを同ルートに依存する陸封国アフガニスタンは即座に窮地に陥る。両国の国境問題については、省庁間合同委員会が設置され、対話を通じて解決するチャンネルも存在している。

 したがって、局地的な小競り合いが続くなど、両国間の緊張は一時的に高まると考えられるものの、大局的に見れば軍事的緊張の高まりは両国に不利益をもたらすことから、更なるエスカレーションは抑制される可能性がある。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 

<中東かわら版>

・「アフガニスタン:デュランド・ラインを巡る国境問題の再燃への懸念」2021年度No.115(2022年2月25日)

(研究員 青木 健太)

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