中東かわら版

№6 レバノン:IMFと融資で事務レベル合意

 2022年4月7日、レバノン政府と国際通貨基金(IMF)は、46カ月間、30億ドル相当(21億7390万SDR)の拡大信用供与措置(EFF)の実施について事務レベルでの合意に達した。3月28日から4月7日までIMF代表団がレバノンを訪問し、政府代表団と協議を行っていた。

 IMFは、レバノン経済が2019年末から「前例のない危機」にあり、デフォルト、レバノン・ポンドの価値の急落(2019年末から90%減)、貧困率の上昇(約80%)、失業者の増加、海外への移民流出、といった危機に直面していると評価した。こうした前例なき経済危機の原因は、持続不可能なマクロ経済政策、過大評価された為替レート、肥大化した金融部門、アカウンタビリティと透明性の欠如、構造改革の不在といった、以前から存在する脆弱性にあると指摘した。

 この評価に基づき、IMFはレバノンが必要とする構造改革として、①金融部門の再構築、②財政改革と対外債務再編、③国営企業改革(特にエネルギー部門)、④ガバナンスの強化(腐敗防止対策、マネーロンダリング・金融テロリズム対策、中央銀行ガバナンスの強化)、⑤信頼性と透明性のある為替システムの構築、が必要であると指摘した。これを踏まえ、レバノン政府とIMFは、IMF理事会による融資の最終決定の条件として以下の改革を実行することで合意した。 

  • 内閣は銀行改革戦略を承認する
  • 議会は緊急銀行整理法案を承認する
  • 14銀行に対する評価を国際的な企業によって進める
  • 議会は改正銀行秘密法案を承認する(銀行部門の改革と監督、税務行政、金融犯罪の捜査、資産回復の実施に対する障壁を廃する)
  • レバノン中央銀行の海外資産状態の特別監査を完了する
  • 内閣は中期財政債務再編計画を承認する
  • 議会は2022年度予算案を承認する
  • レバノン中央銀行は為替レートを統一する(公式レートと闇レートの統合)

 

評価

 レバノン経済は未曽有の危機にある。2019年末の政情不安以来、資本逃避が止まらず、2020年初頭にはデフォルトに陥り、さらに新型コロナウイルスの蔓延による経済の停滞とベイルート港爆発事故が追い打ちをかけた結果、上述のような危機的状況に至った。今年に入り、ウクライナ危機の影響によって食料価格がさらに上昇した。

 しかし、言うまでもなく、レバノン経済危機は政治的に作られた側面も大きい。国内外から経済改革の必要性が叫ばれながらも、国内での政治勢力の対立により経済改革案は一向にまとまらず、通貨下落を進行させた。レバノン中央銀行を筆頭とする銀行部門の腐敗は深刻で、一部EU諸国でサラーマ中銀総裁の資産が捜査対象になっているほどだが、国内では中銀やその他主要銀行に対する汚職裁判に政治家が介入する事態となり、司法プロセスが混乱している。

 したがって、事務レベルでの融資合意に達したものの、融資実行に必要な上記改革案について政治家が早期に合意に達する可能性は低い。さらに、現在、諸政治勢力は5月に控えた議会選挙に向けて選挙運動に集中しており、大胆な経済改革案で合意できる状況にはない。議会選挙後は組閣作業が再び長期化すると予想され、組閣作業中に経済改革案が合意に達するとは考えにくい。融資実行までには数カ月を要すると見込まれる。

(上席研究員 金谷 美紗)

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