№121 イスラエル:ベネット首相がモスクワを訪問、プーチン大統領と会談
2022年3月5日、ベネット首相はモスクワを訪問し、プーチン大統領と3時間会談した。イスラエル外交筋によると、会談は米国、ドイツ、フランス、ウクライナとの調整で実現した。ベネット首相とプーチン大統領は、ウクライナ情勢に加え、ウクライナ在住のイスラエル人やユダヤ人の状況、ウィーンでのイラン核合意再建協議について議論したという。会談後、ベネット首相はウクライナのゼレンスキー大統領とも電話会談したが、同大統領報道官は電話会談で特段の進展はなかったと述べた。その後、同首相はモスクワからベルリンに移動し、ドイツのショルツ首相とウクライナ情勢について協議した。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアの攻撃が開始する前からイスラエルにロシアとの仲介を要請していた。攻撃開始後の25日にもゼレンスキー大統領はベネット首相との電話会談でイスラエルに仲介を要請したが、首相は断っていた。ベネット首相はイスラエル帰国後に、ロシアとウクライナの和平交渉を仲介する道徳的義務感によりロシアを訪問したと述べており、今次訪問は仲介要請に応じたものとみることができる。しかし、プーチン大統領との会談やゼレンスキー大統領との電話会談で、詳細な議論は出来なかったとも述べている。
評価
イスラエルが仲介を要請される理由は、ウクライナ・ロシア両国と友好関係を築いていることがある。20世紀初頭、そして冷戦後にロシア・東欧から多数のユダヤ人がイスラエルに移民し、彼らはイスラエル社会の重要な構成要素であることから、イスラエルとロシア・東欧はユダヤ・コミュニティを通じた文化的・歴史的繋がりがある。加えて、イスラエルとロシアは軍事的にも協力関係にある。
ロシアのウクライナ侵攻に対するイスラエル政府の公式な立場は、3月2日の国連総会ロシア非難決議に賛成したように、ロシアの行動を非難し、停戦を支持するというものである。しかし、実際にはイスラエルはロシアに配慮せざるを得ない事情がある。イスラエル外交の最大の課題はJCPOA再建の阻止であることから、イスラエルはイランに影響力のあるロシアとの良好な関係を維持しなければならない。また、シリアでは、ロシアとの「非紛争メカニズム」に基づき、ロシアと連絡・調整しなからシリア国内の「イランの利益」を攻撃し、シリア軍との直接交戦を回避できている。ロシアとの関係は、イスラエルの対イラン政策で必要不可欠といえる。
こうした事情は、イスラエル側の最近の対応に現れていた。ラピード外相はロシアの行為を侵略行為と明言して非難し、米国やEUと共にウクライナの戦争を停止するための努力を支持すると発言したが、ベネット首相はロシアを名指しして非難する言葉を避けている。2月26日に国連安保理で否決されたロシア非難決議では、イスラエルは米国などから決議案の共同提案を持ち掛けられたが断っていた。
したがって、ベネット首相のロシア訪問はロシア・ウクライナ間の仲介と解釈される向きもあるが、実際にはロシアとの関係の維持が目的と考えられる。ロシアが「非友好国リスト」(3月7日発表)にイスラエルを含めなかったことは、ベネット首相のロシア訪問が奏功したと解釈することも可能であろう。また、米国や欧州諸国は、たとえベネット首相のプーチン大統領との会談が実質的な成果を上げる可能性が低いとしても、ロシアを非難する諸国とロシアの双方と連絡が可能な国がいることは、危機のエスカレーションを回避する際に何らかの形で役立つと考えていると思われる。
(上席研究員 金谷 美紗)
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