中東かわら版

№116 トルコ:ロシアのウクライナ軍事侵攻への対応

 2022年2月24日、ロシア軍はウクライナへの軍事作戦を開始したと発表した。これを受け、トルコ外務省は、ロシア政府に「不当で違法な」行動を終わらせるよう強く求め、ウクライナに居住する自国民に対して自宅待機を促すとともに、出国を希望するトルコ国民へは政府が必要な支援を行うとの声明を発出した。

 同日、エルドアン大統領は安全保障サミットを開催し、「ウクライナに対するロシアの軍事作戦は、国際法違反であると同時に、地域の安全保障に対する深刻な打撃であり、容認できない行為である」と語った。また、ウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談し、同国の政治的統一と領土の一体性へのトルコの支援は継続される旨、明言した。

 エルドアン大統領は、軍事作戦直前の23日深夜にロシアのプーチン大統領とも電話会談し、ウクライナ問題は2015年2月に締結したミンスク合意に沿って解決されるべき、との考えを伝えていたことも明らかにした。

 冒頭の外務省声明に続き、2月24日、ヴァシーリ・ボドナル駐トルコ・ウクライナ大使は、トルコ政府に対し、ロシア艦船への領空及び黒海に通じるダーダネルス海峡、ボスポラス海峡の閉鎖とロシアへの経済制裁を科すよう正式に要請したと発表した。

 

評価

 トルコ政府は、ロシア・ウクライナ間の緊張が一層深刻化した2021年末頃から、NATOの一員として行動することを強調しながらも、両国間の緊張緩和に貢献する用意があることを繰り返し表明してきた。当事国ではないトルコが今次問題に関して積極的な外交を展開する主たる理由は、以下の3点であると考えられる。

 第一に、トルコは現在、今次紛争当事国であるロシア、ウクライナともに比較的良好な関係を構築している。先ず、ロシアとはシリア情勢、ミサイル防衛システムS-400の導入、アックユ原子力発電所建設等で協力関係にあるだけでなく、ロシアは、エネルギー資源に乏しいトルコにとって最大の天然ガス供給元である。一方のウクライナとは、2019年のゼレンスキー政権発足以降、更なる関係強化に乗り出しており、近年、トルコが注力する防衛産業品の重要な輸出先となっている。トルコは2019年にトルコ製無人航空機(いわゆるドローン)「Bayraktar TB2」6機と地上制御局3台をウクライナに売却することで合意しており、2021年7月にはその第一陣が同国海軍に納品されている。また、同年11月、ウクライナ議会はトルコとの軍事的枠組み協定に批准することを議決した。同協定により、トルコはウクライナの軍事力強化のため2億500万トルコリラ(1850万ドル)を提供する等、両国は軍事的な結びつきを強化してきた。

 第二に、黒海情勢である。トルコは黒海を挟んでロシア、ウクライナと対峙しており、同地域の不安定化はトルコのエネルギー安全保障にも影響を与える。トルコは2021年以降、黒海沿岸沖のガス田開発事業を本格化させている。増加する人口や経済発展に伴う国内の資源需要は年々高まりを見せており、安定的なエネルギー確保はトルコの最重要課題である。こうした点からも黒海地域の不安定化を回避したいのがトルコの本音だろう。

 第三に国内問題、特にトルコ経済に与える影響である。前述のとおりトルコはエネルギー資源に乏しく、天然ガスに関しては99%以上を輸入に頼っている。エネルギー価格の高騰は物価の上昇を引き起こし、国内のインフレを加速させる可能性がある。2021年9月以降、トルコリラが大幅に下落し、エネルギー価格の上昇も相まって国内の物価高を引き起こしている。トルコ統計局が発表した2021年の食品・非アルコール飲料の上昇率は前年比43.8%だったが、市中上昇率は政府発表よりも高いとされ、一部報道等では、イスタンブル等の都市部においては50~60%超とも言われている。経済の低迷に伴いエルドアン大統領の支持率も低下しており、域内での混乱が経済に与える影響が懸念される。ロシアとウクライナは物資の輸出入先のみならず、トルコを訪問する観光客数でも上位に入る(2020年の国別観光客数は、第1位ロシア、第4位ウクライナ)。新型コロナウイルスの影響でトルコへの観光客数が激減する中、両国は貴重な外貨獲得先でもある。

 NATOの一員でありながら安全保障、経済面でロシアとの関係を強化してきたトルコは、現在、困難な状況に直面している。

 

(研究員 金子 真夕)

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