№110 シリア:イドリブ県での米軍軍事作戦で「イスラーム国」首領が死亡
2022年2月3日夜(シリア現地時間)、米国のバイデン大統領は、米軍特殊部隊がシリア北西部のイドリブ県アトマ(アトメ)地区で「イスラーム国」の首領アブー・イブラーヒーム・ハーシミー・クラシーを殺害したと発表した。発表によると軍事作戦は事前に計画され、12月にバイデン大統領に作戦内容が報告されていた。米軍特殊部隊約50人はヘリコプターでアトマ地区に着陸し、クラシーが家族と共に居住する3階建て住宅に住む一般の民間人を退避させた上で、建物内のクラシーら戦闘員と銃撃戦を展開した。追い詰められたクラシーと家族は爆弾を爆発させて死亡したという。
アブー・イブラーヒーム・ハーシミー・クラシーは、2019年10月にイドリブでの米軍の軍事作戦で当時の首領アブー・バクル・バグダーディーが死亡した後に、「イスラーム国」の新首領に任命された。また、アトマ地区のあるイドリブ県は、「イスラーム国」と敵対関係にあるイスラーム過激派組織「シャーム解放機構」(元ヌスラ戦線)が、トルコの支援を受けつつ実効支配を続ける地である。
バイデン大統領は、クラシーの死亡により世界にとって大きなテロリストの脅威が除去されたと述べ、作戦の成功を発表した。米政府高官らも、作戦は「イスラーム国」に甚大なダメージを与えたと評価した。
評価
イラクやシリアで活動する「イスラーム国」は2018年頃から衰退傾向にある。米軍の今次軍事作戦は「イスラーム国」のさらなる弱体化を狙った作戦だが、その他にも複合的な意味合いがあると思われる。1月にハサカ市の刑務所を襲撃した「イスラーム国」に対する報復でもあり、またウクライナを巡り緊張関係にあるロシアに対して米国の軍事能力を見せつける意味合いもあっただろう。
しかしより重要なことは、クラシー殺害が「イスラーム国」の弱体化に貢献するのかという点である。クラシーは各地の「イスラーム国」に指示を出していたと報道されている。他方、中東調査会が「イスラーム国」の動向を調査してきたかぎり、本人自身が演説を行ったり声明文を発表したりしたことはない。したがってクラシーが自組織の脅威の対外的宣伝やイスラーム過激派支持者の動員、戦闘員の戦意鼓舞に役割を果たしてきたとは考えにくく、「イスラーム国」におけるクラシーの存在感は薄い。このような人物を殺害したとしても、「イスラーム国」の動態に大きな変化は現れないと思われる。
テロ組織の活動を抑制するには、テロ組織へのヒト・カネ・モノといった資源の供給を絶つことが必要である。クラシーが「イスラーム国」の脅威演出に果たしてきた役割が限定的ならば、なおさら「イスラーム国」の根絶には資源供給路の根絶が必要になる。この問題は「イスラーム国」が世の中を騒がせ始めた当初から指摘されてきたが、いまだ解決には至っていない。
(上席研究員 金谷 美紗)
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