中東かわら版

№109 シリア:「イスラーム国」によるハサカ市刑務所襲撃と制圧作戦の結果

 2022年1月20日、シリア北東部のハサカ市グワイラーン地区にあるシナーア刑務所を「イスラーム国」戦闘員が襲撃し、同刑務所を管理するシリア民主軍(クルド系民族主義組織・クルド人民防衛隊(YPG)が主体)と戦闘状態になった。

 現地報道及び「イスラーム国」の週刊誌ナバウ(1月27日付)によると、爆弾を搭載した車2台が刑務所前で爆発し、その後「イスラーム国」戦闘員が刑務所内に突入した。これにより収監されていた「イスラーム国」構成員多数(具体的な人数は不明)が脱獄した。シリア民主軍と「イスラーム国」との戦闘は刑務所内や周辺地域で展開され、シリア民主軍を支援する米軍も周辺地域を空爆し、この結果地元住民4万5000人が避難を余儀なくされた。26日、シリア民主軍は「イスラーム国」構成員600人が投降したとして刑務所の完全制圧を宣言し、米国のサリバン国家安全保障担当大統領補佐官も制圧を称賛する声明を出した。31日、シリア民主軍は制圧作戦の結果を以下の通り発表した。

  • 襲撃に参加した「イスラーム国」構成員374人を殺害した。
  • 囚人223人が行方不明だが、多くは死亡者に含まれると思われる。
  • シリア民主軍121人が死亡した。うち77人は刑務所職員、40人は戦闘員、4人は民間人である。
  • 襲撃グループの一部はシリアのトルコ支配地域とイラクからやってきた。
  • 襲撃計画はシリア国外で練られた。

 なお、「イスラーム国」側は週刊誌ナバウを通じて、「敵のメディアはムジャーヒドゥーン数百人が別の土地からやってきて襲撃したと嘘の情報を流した」、「解放した囚人達を安全な場所に移動させた」、「(シリア民主軍の)260人以上殺傷した」などと既存報道とは一部異なる戦果を主張した。また、襲撃を通じた囚人解放を大きな戦果として称賛した。

 他方、シリア政府は22日、外務省を通じて、刑務所襲撃事件と制圧作戦について米国とシリア民主軍を非難する声明を以下の通り発出した。

  • 過去数日間、「イスラーム国」とシリア民主軍のギャングは民間人虐殺とインフラ破壊の罪を犯した。米国占領軍とシリア民主軍民兵による今次行為は、戦争犯罪、人道に対する罪である。
  • シリアは国連難民高等弁務官事務所、国連世界食糧計画、ユニセフ、その他人道機関に、厳しい天候の下で避難を余儀なくされた数千人のシリア人民に援助を提供するよう求める。
  • シリアは国連安保理に対し、国際平和の維持とシリア北部・北東部の無実な民間人の安全を守る責任を負うよう求める。

 

評価 

 シリアとイラクで「イスラーム国」が衰退傾向にある中で、今回の刑務所襲撃は「イスラーム国」による久々の大規模作戦であった。囚人解放作戦というジハードにおける正統な正義の作戦を成功させた「イスラーム国」は、犯行声明や週刊誌ナバウで今回の作戦を大々的に取り上げ、「イスラーム国」が衰退していないことを敵に知らしめたと広報した。北東部には「イスラーム国」構成員を収監した刑務所が複数あり、今後も同様の作戦を実行する可能性がある。

 今回の件が伝える別の問題は、この「イスラーム国」構成員を収容する刑務所の問題である。北東部では、米軍主導有志連合とクルド系勢力との対「イスラーム国」作戦で捕らえられた戦闘員約1万人が複数の刑務所に収監されている。多くはイラク出身者で、一部にはロシア方面やヨーロッパ諸国の国籍の者もいる。しかし資金や人員不足により刑務所は十分に管理されておらず、刑務所内で暴動が発生したり、シリア民主軍による刑務所内の治安維持作戦が実施されたりしてきた。また、出身国への身柄引き渡しも進んでいない。そのため、北東部を実効支配する北東自治局やシリア民主軍は、刑務所管理の援助を国際社会に対して求めてきており、今回の事件後も、改めて有志連合をはじめとする国際社会に援助を呼びかけた。

 米国にとっては、北東部のクルド系勢力への援助を継続する理由が強化された。とはいえ、米国がシリア紛争の解決について具体的なビジョンを有するとは言い難く、クルド系勢力への援助継続はシリアの分断を固定化する要因になりうる。

【参考情報】

<イスラーム過激派モニター>

・【会員限定】「「イスラーム国」がハサカ市のグワイラーン刑務所を襲撃」2021年16号(2022年1月26日)

(上席研究員 金谷 美紗)

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