中東かわら版

№108 レバノン:サアド・ハリーリー元首相が政治活動停止を発表

 2022年1月24日、サアド・ハリーリー元首相は、自身の政治活動の停止と、5月に実施予定の議会選挙への不参加、また党首を務めるムスタクバル潮流も議会選挙に参加しないことを発表した。ハリーリー元首相は、ベイルート港爆発事故後の政治・経済・社会の危機的状況において内戦を回避すべく努力したが、イランの影響力の下で宗派対立は激化し、状況改善の可能性が見えないため政治活動停止を決断したと述べた。突然の発表に対して、諸政党はハリーリー元首相の決断を残念に思うとのコメントを出した。

 

評価 

 最近のレバノンは、ベイルート港爆発事故の捜査過程や、クルダーヒー情報相発言をめぐるレバノンと湾岸アラブ諸国の関係悪化をめぐり、国内の宗派政治対立が激化し、閣議を開催できない状況が3カ月間続いた。その結果、政治家が危機解決の政策を議論できず、レバノン・ポンドの価値崩壊、物価高騰、電力危機が深刻なレベルに達している。ハリーリー元首相は、こうした危機にもかかわらず宗派対立の収束の見通しが立たないことを自身の政治活動停止の理由に挙げた。ただし、ハリーリー元首相自身もシーア派のヒズブッラーやアマル運動と舌戦を繰り返し、宗派対立を扇動した一因であった。宗派対立の渦中で政治活動停止を発表したことは、ハリーリー元首相へのサウジの支持が低下したことも意味するだろう。

 ハリーリー元首相率いるムスタクバル潮流はスンナ派政治勢力及び「3月14日連合」(親欧米諸国派)の中心であるため、次期議会選挙の不参加はレバノン政治に大きな力の空白を生む。力の空白は、スンナ派政治勢力の再編や、対立勢力の台頭といった混乱をもたらすと予想される。とりわけ、シーア派最大勢力のヒズブッラーに有利な状況が生まれるだろう。ただし、現在進行中のレバノンと湾岸アラブ諸国の関係修復外交においてヒズブッラーの武装解除問題が取り上げられており、ヒズブッラーの影響力拡大に対する諸外国の懸念は強い。今後も、レバノン内政の安定化を理由に、湾岸アラブ諸国やフランスからの圧力は続くと考えられる。また、議会選挙に向けてムスタクバル潮流の動向も注視する必要がある。

【参考情報】

<中東かわら版>

・「レバノン:レバノン・湾岸アラブ諸国の関係悪化とクルダーヒー情報相の辞任」2021年度No.89(2021年12月6日)

(上席研究員 金谷 美紗)

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