中東かわら版

№105 チュニジア:改憲に向けた国民協議の開始

 サイード大統領が進める憲法改正プロセスの一環である国民協議が2022年1月15日より開始された。国民協議の実施方法はオンラインプラットフォーム「e-istichara」でのアンケート形式となっており、6つのテーマ(①政治、②経済、③社会、④持続可能な開発、⑤生活の質、⑥教育及び文化)毎に5つの質問事項が設けられている(表1)。

 回答方法については、政府が設定した選択肢から選ぶほか、意見表明の場として自由記入欄(200文字制限)もある。なお、回答入力ページにログインするには、国民IDカードの国民識別番号と、パスコード通知を受け取るための携帯電話が必要となる。1月21日時点の回答者数は、7万2169人であった。

 今後の流れとして、国民協議での回答期間は3月20日までとなり、その後、アンケート結果を踏まえた憲法改正案が作成され、7月25日に改憲の是非を問う国民投票が実施される予定である。

 

表1 国民協議でのアンケートの質問事項

①  政治

Q1:政治制度

Q2:選挙制度

Q3:国会議員の罷免方法

Q4:具体的な政治改革

Q5:国家の未来像

②  経済

Q1:地域単位での経済問題解決

Q2:居住地域での経済低迷の原因

Q3:居住地域の経済発展で期待される分野

Q4:居住地域での経済プロジェクトの有無

Q5:居住地域での経済プロジェクト実施上の障害

③  社会

Q1:国営企業及び公的機関のパフォーマンス

Q2:居住地域での失業対策

Q3:回答者の家族が直面する問題

Q4:居住地域の子供及び若者が抱える問題

Q5:司法機関のパフォーマンス

④  持続可能な開発

Q1:居住地域でのエネルギー分野の問題

Q2:居住地域での水分野の問題

Q3:持続可能な開発に向けた農業のあり方

Q4:環境改善への取り組み

Q5:気候変動が居住地域に及ぼす影響

⑤  生活の質

Q1:居住地域での公衆衛生サービスの質

Q2:居住地域での公共交通機関の質

Q3:居住地域での若者向け娯楽施設の有無

Q4:行政のデジタルサービスの質

Q5:デジタルサービスの問題点

⑥  教育及び文化

Q1:居住地域の教育制度が直面する問題

Q2:居住地域の託児所及び幼稚園が抱える問題

Q3:若者の雇用促進に向けた大学の役割

Q4:居住地域における文化活動の障害

Q5:政治関連情報を収集する上での使用メディア

(出所)各種報道をもとに筆者作成。

 

 

評価

 チュニジア情勢では、サイード大統領が2021年7月に議会を停止し、同年9月には2014年憲法の一部条項を停止させ、大統領を中心とした政治体制の構築に向けて動いている。

 こうした状況下で開始された国民協議の狙いは、国民参加型のオンライン形式を採用することで、国内政治勢力を大統領主導の政治行程に関与させないことである。サイード大統領は敵対するナフダ党だけでなく、2013年の政治的危機の解決に貢献したチュニジア労働者総同盟(UGTT)も対話の相手として見ていない。こうした背景には、サイード大統領が自らの政治的権力の源泉は国民の支持であると捉えていることが指摘できる。2019年の大統領選挙時においても、同大統領は政党に所属しておらず、政治家も未経験でありながら、国民の関心を惹きつけるポピュリスト的な公約を掲げ、当選を果たした。

 サイード大統領が国民の支持獲得を試みる動きは、アンケートの質問事項にも反映されている。質問は国全体での課題より、回答者の居住地域に関する諸問題に重きが置かれた内容であり、大統領側が日々の生活で抱える国民の不満を把握しようとする側面が見られる。

 しかし、オンライン形式の問題点として、全国民が回答入力ページに平等にアクセスできない可能性が考えられる。アンケートの回答過程で、識字率やインターネット環境の整備、携帯電話の所有といった条件が課されるため、回答率は地域格差の影響を受けるだろう。

 さらに、大統領の支持基盤がある東部沿岸地域の住民は積極的に回答する一方、ナフダ党が支持基盤とする南部(タタウィーン県やメドニン県など)では同党支持者のボイコットにより、回答率が著しく低くなると予想される。その場合、アンケート結果は大統領の政策方針に沿った傾向となり、大統領がその結果を民意として憲法改正案に一方的に反映しようとすれば、国民間での大統領支持派と反対派の分断が加速する恐れがある。

 

【参考情報】

<中東かわら版>

・「憲法改正及び前倒し議会選挙の実施へ」No.94(2021年12月14日)

(研究員 高橋 雅英)

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