中東かわら版

№97 イエメン:ハサン・イルロー・イラン大使の死亡

 21日、イラン外務省はハサン・イルロー駐イエメン大使の「殉死」を発表した。COVID-19に罹患後、治療のため航空機でイランに運ばれたが間に合わず死亡が確認されたというもの。これについてイラン側は、当該航空機の領空飛行許可をサウジが出し渋ったとして同国政府の対応を批判し、一方のサウジ側は「中傷だ」と反論した。

 イルロー大使はイラン革命防衛隊の一員として米国のブラックリストに名を連ねており(革命防衛隊自体が米国の「テロ組織」リストに加えられている)、イエメンではアンサールッラー(通称フーシー派)とイランとの外交チャンネルの役割を果たしていた。このためアンサールッラー側の国民救済政府は、同大使の死亡を受けて弔意を述べた。

 

評価 

 11月以降、イエメンでのサウジとアンサールッラーの軍事衝突が激しさを増している。この背景には、同月初旬に米国がサウジへの武器売却再開を決定し、国連安保理がアンサールッラー側政府の幹部を制裁対象に指定する等、サウジにとってアンサールッラーへの攻勢の環境が整ったことがある。これを受けてサウジ側には、アンサールッラーを和平交渉のテーブルに呼びかけ続けるより、イエメンでの戦況をより自国に有利なものとするべく軍事行動をとる方が有益との判断があると考えられる。11月末、サウジはアンサールッラーの拠点であるサナア市の国際空港を「イラン革命防衛隊とヒズブッラーの基地」と称し、12月に入ってから空爆を継続している。

 イルロー大使の訃報はこうした緊迫する状況下で舞い込んだわけだが、目下、このニュースを政治利用する向きは各勢力の間で決して強いとは言えない。というのも、サウジ・イランは今年春よりイラクの仲介でイエメン情勢を中心とした二国間協議を再開しており、イルロー大使の死因が(サウジ側の空爆等ではなく)病気である以上、本件が同協議の妨げになる事態は避けたい。とりわけイランとしては、アンサールッラーへの実質的な支援は公式には否定してきたことから、本件をサウジ側の「不手際」以上の事案と位置づけることで、自国のイエメン戦争への関与を示唆するのは得策と言えないだろう。従来、イルロー大使の存在をイランのイエメン戦争介入の象徴としてきたイエメン統一政府(サウジ側)と、アンサールッラー側による本件への言及がやや限定的に感じられるのも、こうしたサウジ・イランの思惑を汲み取った結果と思われる。

 もっともイランとしては、革命防衛隊員を派遣した以上、シリアやイラクほどではないにせよ、イエメンを自国の影響力拡大の場としてそれなりに重視してきたことは確かである。この点が、外務省の「殉死」という発表に反映されていると考えて良いだろう。

(研究員 高尾 賢一郎)

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