中東かわら版

№73 エジプト:全土非常事態宣言の解除

 2021年10月25日、シーシー大統領は、2017年4月から全土に発令していた非常事態宣言を解除するとツイートした。大統領は、国民の努力によって安定と安全が達成されたため解除を決定したと記し、国民に感謝すると同時に、安定の達成のために命を落とした人々に思いを寄せた。

 非常事態宣言は、国内の安全と安定が脅かされていると政府が判断した場合、大統領や治安当局に大幅な逮捕権や起訴権を付与し、必要であれば民間人を特別法廷(緊急最高国家治安裁判所など)に起訴することができる。また、様々な政治的・市民的自由や経済活動を制限することができる。

 エジプトでは長らく非常事態宣言が発令され続け、それはしばしば反対勢力の弾圧に利用されてきた。ナセル時代とサダト時代は中東戦争の時期に発令され、1981年のサダト大統領暗殺後は、2012年5月まで非常事態宣言が延長された。また、非常事態宣言法が大統領や治安当局に付与する強大な権限は、ムスリム同胞団など反対勢力の弾圧にも利用された。「アラブの春」後は、2013年からイスラーム過激派のテロが頻発する北シナイ県に非常事態宣言が発令された。2017年4月、タンタ市とアレキサンドリア市で「イスラーム国」による教会爆破事件が起きると、非常事態宣言は全土に拡大され、それ以降、3カ月ごとに現在まで延長されてきた。シーシー大統領が最後に全土への非常事態宣言を延長したのは今年7月24日で、10月24日に3カ月の期限を迎えたばかりであった。

 

評価

 非常事態宣言の解除が決定された理由として2点考えられる。まず、事実として、シーシー政権の最大の脅威であったイスラーム過激派のテロ事件が減少し、ムスリム同胞団も徹底的な弾圧により活動不能状態にある。政府を批判する抗議デモは、2019年9月の出来事を最後にほとんど行われていない。安定と安全がエジプトに戻り、非常事態宣言を延長する根拠は失われたと言える。

 もう一つ考えられる理由は、米国のバイデン政権がエジプトにおける人権弾圧に懸念を示していることである。トランプ前政権はエジプトの反対勢力弾圧を黙認し、シーシー大統領を優れた指導者と称賛さえしたが、バイデン政権は人権弾圧を容認する姿勢を見せていない。9月、米国はエジプトへの軍事援助13億ドルのうち1億3000万ドルの供与停止を決定し、人権状況の改善を供与の条件とした。米国からの軍事援助はエジプト軍の軍備調達費の多くを占める。シーシー政権はロシアやフランスからの武器購入を増加させ、米国への依存度を減らしつつあるが、それでも米国との軍を基盤とした同盟関係は、軍を支持基盤とするシーシー政権の安定運営のためにも、エジプトが地域外交を遂行する上でも重要である。特に、エジプトはルネサンス・ダムをめぐる交渉に関して米国をはじめとする国際社会の協力を必要としており、米国とは良好な関係を築きたいところだ。

 とはいえ、非常事態宣言の解除によってエジプトの政治環境が大幅に自由化されることはない。抗議規制法、テロ対策法、NGO法など既存の法律が、自由な政治活動を実質的に困難にしているからだ。非常事態宣言の解除は、米国に人権状況の改善を伝える材料にはなるだろう。

(上席研究員 金谷 美紗)

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