中東かわら版

№65 イラク:駐留米軍の年内撤収計画について確認

 2021年9月9日、カージミー首相は米国のマッケンジー中央軍司令官ら一行とバグダードで会談した。会談において同首相は、米国主導有志連合による過激派掃討への貢献を讃え、諸国がイラクに提供した支援と訓練が過激派掃討の達成につながった旨を述べた。マッケンジー司令官の側も、イラク治安部隊の能力の向上について述べた上で、駐留米軍の削減によって米国とイラクの戦略的関係が弱まるわけではないことを強調した。

 イラク首相府の声明によれば、上記会談を経て、イラク軍事技術委員会と米国一行との間で、駐留米軍の段階的削減、及び年内の完全撤収に向けたプロセスについて協議がなされた。すなわち、年内の米軍撤収というバイデン政権の基本方針は今のところ維持されている。一方、20日は米国内で、兵士2000人を新たにイラクで展開したとも報じられた。これについて国防総省は、現在の「イスラーム国」(IS)掃討作戦継続を支援するための交代要員である(兵士の増員ではない)ことを述べた。

評価

 周知のように、アフガニスタンでは駐留米軍の削減に伴って武装組織ターリバーンが勢力を拡大し、8月に政権崩壊に至った。このため、同様に駐留米軍が完全撤収に向かっているイラクの治安状況に注目が集まっていた。実際のところ、2021年に入って南部シーア派民兵勢力の米軍に対する攻撃が目立っている他、ISの武装活動も継続中である。

 もっとも、シーア派民兵は政府の安定性を脅かすことを目的とはしておらず、基本的には自派のプレゼンスを示す方法として占領者(米軍)への武装攻撃を続けている。もちろんイランと結びついた勢力であることから、2020年1月に米軍が殺害したソレイマーニー・イラン革命防衛隊ゴドス部隊司令官の報復という攻撃動機を潜在的に持っているが、その報復に対する米国の報復を考えれば、撤収を宣言しているタイミングで米軍に多大なダメージを与える作戦は念頭に置いていないだろう。

 一方のIS(イラク州)は、政府及びシーア派民兵を主たる標的に、バグダード以北のキルクーク県、サラーフッディーン県、ディヤーラー県、ニーナワー県で武装活動を継続している。ただし、その成果は限定的であり、例えば過去一年間の戦果(作戦数・殺傷数)はその前の一年間の半分程度に落ち込んだ。

 以上を踏まえれば、米軍不在の状況で政府の脅威となるのはISに絞られるという前提で、米軍撤収後の治安状況を過度に不安視する状況ではないとも考えられる。

(研究員 高尾 賢一郎)

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