中東かわら版

№63 イラン:IAEA査察受け入れの「条件付」継続で合意

 2021年9月12日、エスラーミー原子力庁長官は、ライーシー政権発足(8月5日)後はじめてテヘランを訪問した国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長と会談した。共同声明では、両者が、イラン核施設における監視カメラ映像の記録を続けるために協力することが合意された。グロッシ事務局長は13日のウィーンでの記者会見において、「イラン側が技術レベルでIAEAに協力すると約束した」と前向きに評価しつつも、「一時的な解決に過ぎない」との懸念も示した。

 本年2月23日、イランが国内法案に基づきIAEA追加議定書の暫定適用を停止すると発表し、イラン原子力庁とIAEAとの間では緊張が高まっていた。両者は2月21日、イランが引き続き保障措置協定の履行を続けること、および、「暫定的な両者間の技術的了解」をもとに当面3カ月間は査察を続けることに合意していた。その3か月後の5月24日にも、イランはIAEAに対して、監視カメラ映像の保管期間を1カ月延長すると通知するなど、当時ウィーンで行われていたイラン・米間接協議の交渉スペース確保に向けたイラン側の妥協が見られた。

 その一方で、延長期限が執行した6月24日前後はイラン大統領選挙(6月18日)直後だったこともあり、同合意が延長されたかどうかについて、イラン・IAEAのいずれからも発表されず、イラン核関連活動の査察状況は曖昧なままとなっていた。

 今次共同声明の要旨は以下の通りである。

 

  • 両者は、相互の協力と信頼の精神を再確認し、建設的な態度をもとに技術分野での関連課題解決の必要性を強調する。
  • 既存の協力枠組みを背景として、両者は、然るべきレベルでの相互のやり取りと協議を継続することを決定した。イラン原子力長官は、次回のIAEA総会のサイドラインでIAEA事務局長と協議する。IAEA事務局長は、近くテヘランを再訪する。
  • IAEA査察官は、核関連施設での機材の確認、及び、記録メディアの交換へのアクセスを認められる。同メディアは、IAEAとイラン原子力庁の合同管理の下、イラン国内で封印され保管される。

評価

 今回の合意によって、とりあえずイランの核関連活動に対するIAEAの査察が継続されることになった点は、核拡散防止の観点からは前向きに評価できよう。確かに、イラン核関連施設における監視カメラ映像の保管は引き続きイラン国内でされることになっていることから、IAEAが完全な形での査察ができないことに変わりはない。しかし、イランでは6月18日に大統領選挙が行われ、ライーシー政権が組閣を終えたのが8月25日だったことから、本格的な対外活動はしばらく停滞していた。このタイミングで合意を取り付けられたことは、IAEAにとっては差し迫った危機を乗り越えた点で成果だったといえる。一方のイランにとっても、欧米各国からウラン濃縮活動(本年4月、60%以上に引き上げている)への警戒が強まる中、IAEAとの協力姿勢をアピールすることでウィーン協議の再開につなげることができた。13日、ハティーブザーデ外務報道官はウィーン協議は「近く再開される」と述べており、米国によるJCPOA復帰、及び、イランによる完全遵守に向けた協議が再開する公算は高まった。

 他方で、イラン・米国間が互いに強気の姿勢を崩さない対立構造自体に変化はないため、今後の趨勢を楽観視できない。米国はイランが開発した最新型遠心分離機の破棄を要求しているが、イランはこれらをIAEAの監視下で保管し続けることを求めている。同様に、米国がイランに科した制裁には、銀行・原油取引制限に加えて、地域での不安定化活動に関与しているとされる革命防衛隊幹部などの個人に対するものも多数存在する(一部報道では1500件以上ともいわれる)。その対象を精査する過程でも両国は揉めており、先行きは予断を許さない。イランにとっては、米国が再びJCPOAから離脱しないとの確約も、重要な要求事項の一つだ。

 米国のブリンケン国務長官は7月下旬、イランとの間接協議に真摯に向き合ってはいるが、協議は永遠に続くわけではないと述べ、「ボールはイラン側にある」との考えを改めて表明した。このため、米国が譲歩すると予断することも出来ない状況だ。米国によるJCPOA復帰が頓挫すれば、イランが中露との接近を強める可能性は高まるものと見られる。8月末にはアフガニスタンから米軍撤退が完了し、米国のプレゼンスが低下する中、米国がイランとの関与も止めることになれば、域内パワーバランスは更に流動化することが見込まれる。9月16日~17日にタジキスタンで開かれている上海協力機構(SCO)首脳会合では、イランの正式加盟国承認問題も議論されることになっている。ライーシー大統領が中露を重要視しつつ近隣外交重視の姿勢を打ち出している一方で、中露もイラン及びアフガニスタンへの影響を強めている。今後、外交・安全保障のみならず、経済・投資を含めた多方面に影響が及ぶ可能性もあることから、日本としても緊密にフォローする必要があるだろう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イラン:IAEA追加議定書の暫定適用を停止」No.137(2021年2月24日)

・「イラン:IAEA査察受け入れを1カ月間延長し、ウィーンでの交渉スペースを確保」No.24(2021年5月25日)

・「イラン:ライーシー大統領の就任演説に見る政策方針」No.47(2021年8月12日)

(研究員 青木 健太)

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