中東かわら版

№59 モロッコ:下院選挙の暫定結果、イスラーム主義政党の大敗

 2021年9月8日、下院(代議院)の選挙(定数395)が行われた。今回の下院選挙は地方選挙及び市町村議会選挙との同日実施となり、投票率は2002年以降の下院選挙で2番目に高い50.18%を記録した。9日に内務省が発表した暫定結果では、議会第1党のイスラーム主義政党「公正開発党(PJD)」の議席数は前回時の125から13まで激減し、同党は大敗を喫した。各党の議席数などは、以下の通りである。

                   表 各党の議席数

政党名

議席数

(2016年選挙からの増減)

独立国民連合(RNI)

102

(+65)

真正近代党(PAM)

87

(-15)

イスティクラール党(PI)

81

(+35)

人民勢力社会主義連合(USFP)

34

(+14)

人民運動(MP)

28

(+1)

進歩社会主義党(PPS)

22

(+10)

憲法連合(UC)

18

(+1)

公正開発党(PJD

13

(-112)

民主社会運動(MDS)

5

(+2)

民主勢力戦線(FFD)

3

(+3)

左派連合(AFG)

2

(-1)

統一社会主義党(PSU)

1

(+1)

      合計

395

 

        (出所)国営通信「MAP」をもとに筆者作成。 

 

評価

 今般の下院選挙で特筆すべき点は、ウスマーニー首相が党首を務めるPJDの大敗である。PJDが大きく議席を減らした要因として、2021年3月の選挙法改正の影響と、支持者離れの加速が挙げられる。まず選挙法改正について、各選挙区の議席配分の割当基準値は前回時の有効投票数ベースから有権者登録数に基づく算出に変更したことで、大政党が1つの選挙区で複数議席を得ることが困難となった。PJDは、仮に前回選挙で同算出方法が導入されていた場合に獲得議席数が81議席(実際のマイナス44)に留まっていたとの試算を出すなど、こうした自党に不利な改正内容に強く反対していた経緯がある。

 次に、PJDの支持者離れの加速が顕著となっている。PJDの支持基盤があるカサブランカやメクネス、タンジェなどで同党は前回時から4万~5万の得票を失った。こうした背景には、イスラーム主義政党としての存在感低下やベンキーラーン前党首派とウスマーニー党首派間の内部対立に対して支持者間で不満が高まっていたことや、イスラエルとの関係正常化をめぐってPJDと母体組織「統一と改革の運動(MUR)」間で軋轢が生じたことがあると考えられる。 

 今次選挙により、10年にわたるPJD政権は終焉した。同党は2011年の「アラブの春」後にイスラーム主義勢力が台頭した地域情勢のなかで選挙で大躍進し、2016年選挙でも議会第1党を維持した。その一方、PJDは、国の重要政策にほとんど関与できず、実際の政策決定は王宮府や王党派を中心に行われていると言える。さらに、選挙区割りの変更や選挙法改正などの一方的な制度変更に対し、党としての無力さを露呈する結果となった。加えて、こうしたPJDの下野は中東各国でイスラーム主義勢力が苦境に立たされている状況とも重なり、この先も同党は衰退の一途を辿るだろう。

 今後の政権運営は議会第1党となった王党派RNIと王宮府の意向を受ける実務者閣僚が主導していく。RNIのアハンヌーシュ党首は国王と関係が近く、実業家でありながら経済・財務相や農業相の経歴をもつ。次期首相に有力視される同党首はCOVID-19対策や経済再建策などの喫緊の課題を抱えることから、政権の安定化を確実にするため、同じく王党派PAMとの協力を模索するかが注目される。

 

【参考情報】

<中東かわら版>

・「モロッコとイスラエルが国交正常化に合意」No.113(2020年12月11日)

<中東研究>

白谷望 「イスラエルとの国交正常化によるモロッコ国民の葛藤――自国の領土か、同胞との連帯か」『中東研究』第541号、2021年5月。

(研究員 高橋 雅英)

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