中東かわら版

№57 アルジェリア:モロッコ迂回のガス供給体制の構築へ

 2021年8月24日にアルジェリアがモロッコによる「敵対的行為」を理由に同国との断交を発表し、両国間の緊張が高まる中、アルカーブ・エネルギー鉱業相はスペイン向けガス輸出について、モロッコ領内を経由する「マグリブ・ヨーロッパ・ガスパイプライン」を今年10月末で停止し、全てのガス輸出はスペイン・アルジェリア間を直接結ぶ「メドガス・ガスパイプライン」を介して行う方針を26日に発表した(図参考)。また、炭化水素公社「Sonatrach」のハッカール総裁は9月2日、北西部ベニー・サーフでの新たなガス圧縮機の運転に伴い、メドガス・ガスパイプラインの年間輸送量が現在の80億立方メートルから105億立方メートルまで増加する見通しを発表した。このように、アルジェリアはモロッコを迂回した形でもスペインのガス需要に応じられる供給体制の構築を進めている。

 アルジェリアのガス供給網の変更により、モロッコはアルジェリアからガス供給を受けられなくなり、ガスパイプラインの通過料収入も失う恐れがある。

 

         図 アルジェリア・スペイン間のガスパイプライン 

         (出所)筆者作成。 

評価

 現在アルジェリアがモロッコ迂回のガス供給体制を構築している理由は、断交発表後にモロッコに対する圧力をより強めるためである。両国関係は昨年より悪化の一途をたどり、その要因として、西サハラ情勢の緊迫化に伴う対立やイスラエル製ソフトウェア「ペガサス」を介したアルジェリア高官への監視疑惑、モロッコの国連常駐代表がカビール地方居住のベルベル人の自決権に言及したことなどが挙げられる。そして、アルジェリアは8月中旬に発生した一連の山火事に関与したとされる「カビール自治運動(MAK)」をモロッコが支援していると主張し断交に踏み切った。今般、アルジェリアはガス供給停止のカードを利用することでエネルギー自給率が低いモロッコに揺さぶりをかけるとともに、同じく西サハラ情勢を理由に対モロッコ関係が冷え込んだスペインには代替供給体制を迅速に提示することで、関係維持を図り、対モロッコ陣営にスペインを引き入れようとしている。

 今後、アルジェリアからのガス供給停止がモロッコに及ぼす経済的影響が注目される。ガスパイプラインの通過料収入は2020年に約4.5億ディルハムを記録したが(出所:モロッコ関税当局)、これは関税収入の1%未満であるため、同収入が無くなっただけではモロッコの財政基盤が揺らぐことはない。

 その一方、ガス輸入量の減少は財政面に悪影響を及ぼすことが予想される。アルジェリア産ガスはガスパイプラインに近接するモロッコ国内の火力発電所2カ所に供給されており、モロッコの電源構成に占める天然ガスの割合は石炭(約54%)に次いで、2番目(約18%)に大きい。さらに、モロッコは2030年までに温室効果ガス排出量を最大42%削減するためにガス発電比率を25%に引き上げる目標を掲げることから、アルジェリアに代わるガス供給国を見つける必要がある。ただ、一般的にパイプライン経由のガス輸入は液化天然ガス(LNG)より相対的に安価であるため、隣国アルジェリアからガスパイプライン経由の輸入停止は将来的にLNG輸入増を招き、輸入コストが財政負担につながることが懸念される。

  

【参考情報】

<中東かわら版>

・「モロッコとイスラエルが国交正常化に合意」No.113(2020年12月11日)

 

<中東トピックス>【会員限定】

・「モロッコ:ポリサリオ戦線との緊張が高まる」No.T20-08(2020年11月号)

・「モロッコ:西サハラ問題をめぐりスペインと関係悪化」No.T21-02(2021年5月号)

・「アルジェリア:モロッコとの断交を発表」No.T21-05(2021年8月号)

(研究員 高橋 雅英)

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