中東かわら版

№47 イラン:ライーシー大統領の就任演説に見る政策方針

  2021年8月5日、ライーシー新大統領は宣誓式において就任演説した。今次演説で注目されるのは、トランプ前米政権による「最大限の圧力」キャンペーンで疲弊した経済の立て直しが急務となるなかで、保守強硬派のライーシー大統領が一体どのような内外政分野での政策方針を示すのか、であった。以下は、ライーシー大統領による就任演説の要旨である。

 

  • 新しい世紀と「革命の第2歩」の黎明に当たって、国民からの投票によって歴史的遺産を継承することができ大変誇りに思う。選挙というものは、政治参加の始点に過ぎず終点ではない。1400年ホルダード月28日(注:イラン暦。2021年6月18日に相当)に行われたイラン国民の投票によるメッセージは、変革と公正であった。国民は政府に対し、公正の実現、汚職撲滅、差別撤廃、問題解決などを求めている。我々は、真の人権の擁護者である。我々は、抑圧、犯罪、及び、無辜の人々への権利侵害を拒絶する。
  • 抑圧と犯罪は、例えば、米国、欧州、アフリカ、イエメン、シリア、パレスチナに存在している。我々は、被抑圧民に寄り添うものだ。国民の政府は、国民一致に基づく政府である。政府の下では、政治派閥や民族や宗教の区別なく、全ての国民がイスラーム共和国の旗の下で手を取り合って強いイランを実現する。我々は、経済分野の最大限の透明性、汚職の一掃、ショックに対する経済の自律性、インフレの抑制、通貨価値の増強、経済の安定、国内産品への支援、国民の基本的ニーズの充足、技術・知識の発展、鉱物・水資源・ガス・石油の管理、気候変動と環境問題などに全力で取り組む。
  • 対外政策に関して、イラン・イスラーム共和国の国益を実現するため、外交、及び、世界との賢明な意思疎通を活用する。イランは地域の平和と安定の守護者であり、対話を通じて問題解決を図る。外部者による干渉は問題を解決しないばかりか、それ自体が問題である。地域諸国、特に近隣諸国に対して、友好の手を伸ばし、それらの国の手を温かく受け入れる。
  • イラン・イスラーム共和国の核開発は完全に平和利用のためである。イスラーム共和国体制では、最高指導者のファトワーにより核兵器はイスラーム法でハラーム(不法行為;禁忌)とされており、国防戦略のなかに一切その居場所はない。イランに対する制裁は取り除かれなければならず、この目的を達成するための全ての外交的手段を支持する。
  • イラン・イスラーム共和国は、近隣諸国・国民を自らの親類と認識している。我々の最も重要且つ基本的な対外政策の優先事項は、近隣諸国との関係向上である。外交を通じて、域内諸国との経済、文化、知識、及び、技術分野での関係強化を進めなければならない。成功を収める外交とは、均衡の取れた外交である。

(出所)大統領HPに掲載された演説原文より筆者作成。なお、項目立ては筆者による。

評価

 今次演説には、船出したばかりのライーシー政権の基本的立場と対外政策方針が明確に表現されている。このため、今後のイラン情勢を展望する上で、その内容に充分な注意を払う必要がある。先ず、ライーシー大統領が、イラン・イスラーム共和国体制の歴史的展開のなかに、自政権を「革命の第2歩」として位置付けている点が重要である。この概念は、ハーメネイー最高指導者が2019年2月11日に行った革命記念日40周年に際する演説で用いたもので、1979年2月からの40年を「第1歩」、そして次の40年を「第2歩」と位置付ける。革命当時を知る世代の高齢化を背景に、ハーメネイー最高指導者から若者世代に向けて、現体制は時代の変化に柔軟に適応しつつ、未来永劫繫栄を続ける決意が示されている。ライーシー大統領がこの概念を援用しながら、被抑圧民の救済、人権擁護、汚職撲滅などを重視する姿勢を示していることは、同大統領の基本的な現状認識とそれへの対処方針を表しているといえよう。なお、人権重視姿勢を打ち出すのは、ライーシー大統領に1988年(当時の役職はテヘラン次長検事で、政治犯の粛清を決定する委員会メンバー4人の内の1人に名を連ねた)の大量の政治犯処刑の意思決定に関わった嫌疑が向けられている現状を意識してのことかもしれない。

 また、今次演説で、ライーシー大統領は制裁解除に向けた全ての外交的手段を支持するとの立場を公にしており、本年4月よりウィーンで続く米国との間接協議を続ける意思が確認される。制裁の解除追求と「無効化」(注:中国との関係強化やイラン国内産品増強に代表される、自給自足の確立に向けた方策)を両にらみする立場は、ハーメネイー最高指導者のそれと類似している(詳しくは、『中東分析レポート』R20-14【会員限定】参照)。ここからわかるのは、ライーシー政権は、ハーメネイー最高指導者の方針を忠実に実行に移す可能性が高いということだ。このため、イラン大統領選挙に伴って一旦中断していたウィーン協議は、組閣を経て再開する公算が高い。

 もう一つ注目されるのは、ライーシー大統領が近隣外交重視の姿勢を明確にした点である。就任以前から、ライーシー大統領は、パキスタン、シリア、トルクメニスタン、オマーン、カタルの首脳などとの電話会談を重ねてきた。ロウハーニー前政権下では、欧米との関係改善を基軸に国際協調路線が取られたが、結果、制裁が強化され、財政は逼迫し、国民生活が困窮した。同じ轍を踏まないとの判断から、先ずは域内諸国との経済関係強化を優先することにしたのだろう。総じて、「均衡の取れた外交」という言葉が表す通り、当面は、前政権との連続性を有する外交を展開すると考えられる。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イラン:第13期大統領選挙の立候補者登録受付が終了」No.22(2021年5月18日)

・「イラン:第13期大統領選挙の最終候補者7名が発表」No.25(2021年5月26日)

・「イラン:第13期大統領選挙実施前の国内動向」No.30(2021年6月16日)

・「イラン:過去最低の投票率でライーシー候補が勝利」No.33(2021年6月21日)

(研究員 青木 健太)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP