№44 チュニジア:ナフダ党に対する司法調査の開始
2021年7月28日、チュニス第1審裁判所のムフセン・ダーリー報道官は、司法当局が14日より連立与党ナフダ党及びチュニジアの心党に対する調査を開始している旨を日刊紙『アル・マグリブ』に明らかにした。両党とアイーシュ・トゥーニス党の3党には、2019年議会選挙時に外国からの資金を違法に受け取った容疑がかけられている。
また同日、野党委員会の「ベルイードとブラーフミー(2013年に暗殺された左派政党指導者)を守るグループ」は、両者の政治的暗殺にナフダ党の秘密組織が関与したと主張し、サイード大統領に対して本件でもナフダ党への調査を始めるよう求めた。
なお、7月25日のサイード大統領による議会の一時停止発表から、大統領とナフダ党の緊張が高まっている。チュニジア軍は国会議事堂を車両で包囲し、ナフダ党党首のガンヌーシー国会議長や同党議員の立ち入りを妨害した。それに対し、翌26日にガンヌーシー議長が国会議事堂前で座り込みデモを行い、ナフダ党支持者も同議事堂に集結したことで、議事堂前でナフダ党支持者と軍を支持する市民との間で小競り合いが起きている。
評価
ナフダ党に対する司法調査の動きは、サイード大統領が対立するナフダ党の弱体化を企図したものだと考えられる。同調査の開始後、サイード大統領は7月25日に憲法第80条(緊急事態時の大統領の特別措置)を適用して執行権を握るとともに、首相の解任や議会の一時停止、全議員の免責特権剥奪を行った。この先、外国資金の違法受領や左派政党指導者への暗殺関与の罪が認められれば、ナフダ党の所属議員が逮捕、起訴される可能性があり、その場合に現在議会第1党である同党の議席数が減少する事態となる。憲法第80条は大統領が議会の解散権を行使できない規定であるため、サイード大統領は司法を利用して多数派勢力のナフダ党の切り崩しに着手したのだろう。
今後、チュニジア政治の権威主義体制化や分極化が進むと予想される。憲法第80条は緊急事態時の大統領の特別措置を規定したものであるが、憲法学者でもあるサイード大統領は同条項の曖昧性を利用して拡大解釈を図ることで、一連の措置に踏み切った。その後、議会承認を経ない形の大統領令を通じて内相や法相代行、国防相、軍検察長、国営メディア会長などを更迭し、各分野への介入度合いを強めた。チュニジアは2011年の「アラブの春」経験国で民主化移行を成功させた唯一の国であるが、エジプトのような権威主義体制への回帰の兆候が見られ始めた。
また、大統領の決定は政党間に大きな亀裂をもたらした。連立与党(ナフダ党・チュニジアの心党・尊厳連合)などが反対する一方、労組UGTTと関係が近い人民運動やベン・アリー政権関係者が創設した自由憲法党(PDL)などは支持を表明している。こうした対立構図の中で、大統領がナフダ党への締め付けを強化すれば、それに反発して同党支持者が街頭デモを通じて政権の打倒を試みる恐れもある。
【参考情報】
・「大統領が首相解任と議会の一時停止を発表」No.42(2021年7月26日)
(研究員 高橋 雅英)
◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/