中東かわら版

№43 イラン:南西部フーゼスターン州で水不足を受けた抗議デモが発生、各地に拡大

 2021年7月15日頃、南西部フーゼスターン州で深刻な水不足を受けた抗議デモが発生し、現時点まで続いている。事の発端は、同州における水不足に起因する健康被害と生活困窮だった。当初、デモ隊は、水不足に対して有効な対策を講じられなかった政府への不満から抗議行動を開始したが、徐々に「ハーメネイーに死を」と叫ぶなど反体制的な行動を取り始めた。

 フーゼスターン州で始まった抗議デモは、北西部タブリーズ、中央部イスファハーン、及び、首都テヘランや近郊の街キャラジなど広範囲に拡大した。SNS上で出回る動画からは、これらの都市でも、デモ隊が「独裁者に死を」「キャラジからフーゼスターンまで、連帯を、連帯を」「恥を知れハーメネイー、国を去れ」といった反体制スローガンを叫んでいることが確認できる。

 こうした抗議活動に対して、治安当局はインターネット遮断を通じて情報統制した上で、実弾などを用いて鎮圧している模様である。7月23日、人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は、治安維持軍から群衆への発砲などにより少なくとも民間人8名が死亡したと報告した。一方で、イランの「ISNA通信」(改革派寄り)は、フーゼスターン州マーフシャフル郡で、治安維持軍隊員1名が抗議デモからの発砲により死亡したと報じるなど、情報は錯綜し、現場の状況は混沌としている。

 また、23日、ハーメネイー最高指導者はフーゼスターン州での水不足に胸を痛めていると述べた上で、次期政権に対して迅速な対応を講じるよう指示を出した。実際、抗議デモが発生して以降、ジャハーンギーリー第一副大統領やサラーミー革命防衛隊総司令官が相次いで現地に赴き、事態の収拾に当たっている。

評価

 近年、イランでは気候変動や人口増加などを背景として水と環境の問題が深刻化しており、特に水不足は国家的課題となっていた。こうした中、今回の抗議デモは、暑さが厳しい南西部フーゼスターン州で発生した。今年は、アルダカーニヤーン・エネルギー相が「50年に一度」と評するほどの厳しい旱魃が到来しており、特にフーゼスターン州で飲み水に事欠くほど水が枯渇していた。また、同州はイラクに国境を接し、その住民の多くは少数民族アラブ人だが、こうした民族の違いを背景とした不公平な土地開発の影響もある。つまり、今回、フーゼスターン州民の不満が噴出した直接的な原因は水不足だが、その背景には国家レベルで直面する水・環境問題、並びに、イラン社会における格差・差別という構造的問題が存在する。

 今回のデモが、6月の大統領選挙の後に発生している点にも留意を要する。先の選挙では、最終候補者の資格審査過程で、592名から7名に絞られ、有力な改革派・穏健派候補が軒並み排除された。「選挙(election)が選抜(selection)になった」と揶揄されるど、権威主義的性格が前面に出た大統領選挙となった。これを受けて、国民の間では体制指導部への不満が蓄積しているのが実状だ。したがって、何かのきっかけで鬱積した不満が爆発する危険性が常に存在しているといえ、今後、警戒を怠ることはできないだろう。ハーメネイー最高指導者が、2019年11月のガソリン値上げ抗議デモ時には強硬姿勢で臨んだにもかかわらず、今回は民心掌握を重視し住民に寄り添う方針を示していることは、体制指導部の苦悩を如実に表している。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <雑誌『中東研究』>

・青木健太「イランにおける2019年抗議デモの要因と特徴――拡がる経済格差とその含意」『中東研究』第537号(2019年度Vol.Ⅲ)、2020年1月、76-89頁.

(研究員 青木 健太)

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