№40 レバノン:サアド・ハリーリー次期首相の辞任と組閣断念
2021年7月15日、組閣を委任されていたサアド・ハリーリー次期首相が組閣を断念し、次期首相の任を辞退した。昨年のベイルート港爆破事故を受けて当時のディヤーブ首相が辞任した後、ハリーリー氏は2020年10月に次期首相に指名されたが、アウン大統領をはじめとする各勢力との9カ月にわたる組閣交渉で対立と交渉決裂を重ねた。7月14日、ようやく閣僚リストを大統領に提出したが、大統領はこれを拒否し、ハリーリー氏が辞任を発表した形である。
今後、国会で新たな次期首相候補を指名する必要があるが、国会の多数派が「3月8日連合」(親シリア派。アウン大統領やヒズブッラーが属する)であることや、首相候補になりうるスンナ派の別の人物を探す作業があることから、次期首相候補の指名は難しくなると予期される。なお、ベイルート港爆発事故後にディヤーブ首相が辞任してから正式な内閣は成立しておらず、現在もディヤーブ氏が暫定首相を努めている。新内閣が成立するまで、ディヤーブ暫定内閣が続くことになる。
ハリーリー次期首相の辞任発表後、レバノンの政治経済改革を強く求めていたフランスは、危機脱出方法を見つけられないレバノンの政治家は「自己破壊者」だと批判した(ル・ドリアン外相)。ベイルートでは、ハリーリー氏支持者が道路を封鎖し、治安維持にあたる軍と衝突した。下落が続くレバノン・ポンド(LP)の実勢レートは1ドル=2万500ポンドにまで下がった(公定レートは1507LP)。
評価
ベイルート港爆発事故という国民全体を震撼させた出来事を経てもなお、レバノンでは新内閣が1年近く成立せず、その傍らで経済はかつてない規模の危機に直面している。爆発事故後、レバノンでは政治経済改革を実行するための新内閣の形成、特に宗派に拠らない実務家内閣の形成を目指してきたが、ハリーリー氏とアウン大統領が対立した点は、結局、どの閣僚をどの宗派にあてがうかという問題だった。
爆発事故後、国際社会は経済危機にあえぐレバノンに多額の経済支援を提供することで合意した。新内閣の成立が提供条件であるため、組閣は急務であった。しかし現状は、政治勢力間の対立によって組閣で合意できず、LPの下落と経済危機が長引き、その負の影響が国民生活に降りかかっているという状況である。レバノンではこの数カ月間、LPの下落により燃料・食料・医薬品不足が深刻である。政府は外貨不足のため国民のドル預金の引き出しに制限をかけ、燃料やパンの補助金を削減した。レバノン国軍は兵士への給与を支払えない程の財政危機に陥り、参謀総長自らフランスに援助を求めに行ったほどである。6月、国連は、レバノンの経済危機は19世紀半ば以降に世界が経験した経済危機のなかでもトップ10ないしトップ3に位置付けられると報告した。政治勢力間の対立に根本的な変化を期待できない以上、今後もレバノンの国民生活が犠牲を伴うことは必至と思われる。
(上席研究員 金谷 美紗)
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