中東かわら版

№33 イラン:過去最低の投票率でライーシー候補が勝利

 2021年6月18日に行われた第13期大統領選挙で、ライーシー候補(現司法府長官)が勝利を収めた。6月19日の内務省発表によれば、ライーシー候補の得票率が62%で過半数を超えたため、決選投票を待たずして結果が確定した。投票率は、1993年の50.7%を下回り、過去最低となる48.8%を記録した。今次結果を受けて、2013年から二期8年務めた保守穏健派のロウハーニー政権は終わりを迎え、保守強硬派政権が8月にも成立する。

 内務省発表による、今次選挙結果の概要は以下の通りである。

 

1.投票総数など

■有権者数:59,310,307人

■投票総数:28,933,004人

■投票率:48.8%

 

2.候補者別得票数一覧

候補名(カッコ内は役職)

得票数

得票率

イブラーヒーム・ライーシー(司法府長官)

17,926,345

62.0%

モフセン・レザーイー(公益判別会議書記)

3,412,712

11.8%

アブドゥルナーセル・ヘンマティー(前中央銀行総裁)

2,427,201

8.4%

ガージーザーデ・ハーシェミー(国会副議長)

999,718

3.5%

無効票

3,726,870

12.9%

(出所)内務省発表に元に筆者作成。

※注1:パーセンテージ表記は、小数点第2位を切り上げた。

※注2:メフルアリーザーデ(元副大統領)、ザーカーニー候補(国会議員)、ジャリーリー(公益判別会議メンバー)の3候補は、6月16日に撤退を表明した。

評価

 事前の予想通り、ライーシー候補が勝利を収めるサプライズなき選挙となった。護憲評議会による事前の資格審査で有力視された候補が軒並み失格とされたことで、多くの有権者は体制指導部(ハーメネイー最高指導者および治安機関・宗教界に代表される中央権力)の選好に失望し、これが投票数を大幅に引き下げる原因となった。投票率の低下により、浮動票が減り、保守強硬派に有利な状況となったことが最終結果を左右したと考えられる。今次選挙の最大のサプライズは、投票日前にすでに訪れていた。

 もっとも、予想を覆す結果が出なかった事実だけを以て、「見どころの少ない選挙」と締め括ることは早計だ。以下2点において、今次選挙は中長期的観点から重大な意味を内包している。

 第一に、今次選挙により、国民から体制指導部に対する不信感が深刻なレベルに達したことが浮き彫りとなった。この証左となるのが、投票率が過去最低を記録したこともさることながら、無効票が12.9%という異常値を記録した点である。前回の2017年選挙では、投票総数が4100万票を超えたなかで、無効票数は約120万票だった。一方で、今次選挙での無効票数は、370万票を超えた。これは技術的問題に起因するのではなく、穏健派・改革派支持層による「声なき抵抗」だったと受け止めるべきである。イラン国内では、2019年11月中旬のガソリン値上げ抗議デモに対する暴力を用いた鎮圧、2020年1月に発生した革命防衛隊によるウクライナ機誤射事件とその後の隠蔽等を経て、政治不信が募っている。19日、ハーメネイー最高指導者は「選挙の勝者はイラン国民だ」と強弁したが、今次選挙を受けて、国民から体制指導部への不信はさらに根深いものとなり、将来に大きな禍根を残した。

 第二に、今次選挙は、イラン国内のパワー・バランスに大きな影響を及ぼすと考えられる。1979年の革命以来、イランでは「イスラーム法学者による統治」が掲げられ、宗教国家としての道を歩んできた。その一方で、近年、軍部の台頭が著しく、内外政の分野にも活躍の場を広げた。特に、元革命防衛隊幹部が国会議員にも多く名を連ねるなど、内政においても影響力を増している。今般、新大統領にイスラーム法学者のライーシー候補が選出されたことで、宗教界にとっては権力基盤を固める重要な一歩となった。ただ、軍の最高指揮官は最高指導者である。ハーメネイー最高指導者に近いといわれるライーシー候補は、同最高指導者の後ろ盾を得つつ、複数の派閥・勢力の間で難しい差配を迫られる。

 当面の着目ポイントは、①組閣の陣容、及び、②外交方針であろう。①に関し、ライーシー候補が直面する課題は、トランプ前政権による「最大限の圧力」キャンペーンで疲弊した経済の建て直し、汚職撲滅、及び、制裁解除に向けた外交課題への対処など多岐にわたる。これら諸課題に対処できる実務能力に長けた人材を適材適所で配置することに加えて、自らを支持すると公言して出馬取り止め・撤退した人物への論功行賞を用意する必要にも迫られる。また、現在、外務省では、ザリーフ外相やアラーグチー外務事務次官など国際協調を重視する派閥が外交交渉を仕切っている。総じて、諸派閥・勢力を適正に配置する絶妙なバランス感覚が求められる。

 ②に関しては、ウィーンで進んでいる米国との間接協議にどのような外交方針を示すか、が日本を含めた諸外国にとり重要である。選挙戦の過程で、ライーシー候補は制裁解除を追求する方針を容認する考えも示しており、直ちに方針変更がとられる可能性は低い。但し、8月の政権交代を控え、ロウハーニー政権任期内にやり残した仕事を次期政権に先送りしないよう、体制指導部が圧力を加える可能性はある。実際、19日、ザリーフ外相はロウハーニー政権任期内に合意する可能性がある旨発言した。政権交代前にウィーン協議で進展が見られるかどうかは、ライーシー政権の将来の外交方針に多大な影響を及ぼすだろう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イラン:第13期大統領選挙の立候補者登録受付が終了」No.22(2021年5月18日)

・「イラン:第13期大統領選挙の最終候補者7名が発表」No.25(2021年5月26日)

・「イラン:第13期大統領選挙実施前の国内動向」No.30(2021年6月16日)

(研究員 青木 健太)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP