中東かわら版

№30 イラン:第13期大統領選挙実施前の国内動向

 ロウハーニー大統領の後継者を選出する第13期大統領選挙が2021年6月18日に予定される中、イラン国内では最終候補7名による選挙キャンペーンが淡々と繰り広げられている。以下、大統領選挙実施前の主要な国内動向について、1.テレビ討論、及び、2.世論調査を中心に取り纏めた。

 

1.テレビ討論

 今次選挙では、コロナ禍の下で大規模な選挙集会は開かれず(一部例外を除く)、6月5日、8日、及び、12日の計3回にわたって行われたテレビ討論が、各候補による政治指針の主張、及び、他候補との政策論争の面で重要な役割を演じた。

 第1回討論では経済問題をテーマとして議論が展開されたが、ヘンマティー候補(前中央銀行総裁)に現下の経済情勢悪化の責任を問う批判が集中する一幕が見られた。第2回討論のテーマは文化、社会、政治だったが、中でも注目すべきは、事前の予想で本命といわれるライーシー候補(現司法府長官)が経済外交方針を示した点である。ライーシー候補は制裁が続こうとも影響を受けずに自活できる体制構築の重要性を訴えつつも、ウィーンで続く制裁解除に向けた交渉を否定しない考えを示した。続く第3回討論では国民の関心事項をテーマとして、各候補が政策指針を主張した。

 

2.世論調査

 次に、イランの世論調査機関ISPA(Iranian Sutdents Polling Agency)が6月14日に発表した世論調査結果(6月13~14日に5094人に対して行ったインタビューに基づく)によれば、投票に意欲を示す有権者は少ないことが明らかとなっている。「必ず投票する」と回答した人は43.2%、「おそらく投票する」と答えた人は6%だった。一方で、「決して投票しない」と答えた人は33.7%に上っており、投票率の低下が予想される。

 地域別に見ると、「必ず投票する」と答えた人の60.2%は地方部の有権者で、都市部では28.5%しか「必ず投票する」と回答した人はいなかった。また、「誰に投票しますか?」との質問に対し、ライーシー候補と回答した人は全体で60.6%に上った。次点のレザーイー候補(公益判別会議書記。元革命防衛隊将官)の8%を大きく引き離しており、下馬評通りライーシー候補が本命という状況に変わりはない。

 

 今後、6月18日に投票が行われ、仮に過半数を得票する候補がいない場合は決選投票が行われることになる。低投票数を警戒してか、投票所は午前7時~深夜0時まで長時間開かれる。内務省発表によれば、有権者数は5931万307人で、全国に7万2000カ所以上の投票所が設けられる。在外投票も、世界234カ所で開かれる予定である。

評価

 国際協調路線を敷いてイラン核合意(JCPOA)を実現したロウハーニー大統領(2013~2021年)の二期8年の任期が終わりを迎える中、今次選挙で保守強硬派の候補が選ばれるのか、それとも前政権の国際協調路線を踏襲する候補が選ばれるのかは今後を占う上で重要な分岐点である。だが、事前の国内動向を見ると、ライーシー候補を脅かす「台風の目」は登場しておらず、全体的な趨勢に大きな変化は見られない。

 今次選挙の注目点の一つは、体制指導部が国民からの支持のバロメーターと捉える投票率がどこまで下がるかである。保守強硬派は、宗教界やバスィージ(革命防衛隊傘下の国民動員組織)等を通じて、大量の人員を動員することが可能である。このため、もし低投票率になれば、浮動票が減り、保守強硬派にとって有利となる。ISPAによる世論調査結果を見ると、「決して投票しない」と答えた人はかなり多く、特に都市部の多くの有権者が投票しない意向を示していることから、低投票率となって保守強硬派が優勢となる可能性が高い。

 肝心の政策論争については、選挙キャンペーン期間中に熱気を帯びた議論が展開されたかといえば疑問が残る。確かに、第1回テレビ討論の冒頭で、ヘンマティー候補が「先ず国民の皆様に女性候補がいないことを伝えなければならないことを残念に思う。皆様には選択肢が全くない。」と護憲評議会を明示的に批判するなど、穏健派・改革派支持層からの支持を集め得るような出来事も起きた。また、レザーイー候補は国民に現金支給をすると公約し、ポピュリスト的政策で人気を取ろうとする動きも見られた。しかし、これらの動きが「台風の目」となる候補を生んだかといえば、むしろ「限られた選択肢の中での選抜に過ぎない」との諦めムードが根強くある。穏健派・改革派支持層がとれる対応としては、ボイコットを通じて体制指導部に否を突きつけることしかないのが実状だ。

 こうした中、本命視されるライーシー候補が、どのような政策指針を示すかは日本を含めた諸外国にとって重大な関心事項である。ライーシー候補は、政府改革・汚職撲滅を公約に掲げている。特に、外交面では、ハーメネイー最高指導者の示した方針に倣い、制裁の「無効化」路線を追求しつつも、制裁の「解除追求」路線も排除していない。この点に着目すれば、仮に8月に保守強硬派政権が誕生したとしても、ウィーンでの交渉が即座に頓挫することはなさそうだといえる。ただ、ライーシー候補は近隣諸国との経済関係強化、及び、国内産業増強を重視する姿勢を示しており、より内向き志向になることが見込まれることから、仮に同候補が当選した場合は、JCPOA再活性化に向けた協議がさらに長期化するだろう。

 総じて、今次選挙では、ポスト・ハーメネイー体制を見据えた円滑な権力移行が念頭に置かれているとみられる。体制指導部は、ハーメネイー最高指導者の高齢化(現在82歳)に伴い、革命の理念を継承する盤石なポスト・ハーメネイー体制の構築に迫られている。実際のところ、次期政権が二期8年続くとすれば、その政権末期にハーメネイー最高指導者は齢90歳を迎えていることになる。今次選挙には、次期最高指導者選出への準備という隠れたアジェンダがあるのではないか。さらに、資格審査でサイード・モハンマド元ハータモル・アンビヤー(革命防衛隊傘下の企業)司令官やザルガーミー元イラン・イスラーム共和国放送総裁やガーセミー元石油相などの有力視された革命防衛隊出身者が数多く失格とされている点に着目すれば、体制指導部が最終候補7名の中でただ一人のイスラーム法学者を本命候補として残した理由は、近年、外交・政治・経済などの多分野で影響力を増す革命防衛隊の台頭を押さえつけることにもあると考えられる。

 

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イラン:第13期大統領選挙の立候補者登録受付が終了」2021年度No.22(2021年5月18日)

・「イラン:第13期大統領選挙の最終候補者7名が発表」2021年度No.25(2021年5月26日)

(研究員 青木 健太)

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