中東かわら版

№23 イスラエル・パレスチナ:エジプト仲介で停戦合意

 2021年5月20日夜(現地時間)、イスラエル首相府は、同日行われた安全保障閣議で、イスラエル軍参謀総長、シンベト長官、モサド長官、国家安全保障評議会議長の勧告に基づき、イスラエル・ガザ武装勢力が無条件で停戦するというエジプト仲介案を受け入れることを全会一致で承認したと発表した。停戦開始は現地時間21日午前2時からと発表され、現時点では停戦が守られている。5月10日の戦闘開始から11日目での停戦となった。11日間の戦闘で、ガザでは232人が死亡(うち子ども65人以上)、イスラエルでは12人(うち子ども2人)が死亡した。イスラエル軍はガザでの死者のうち、120人以上がハマース構成員、25人以上がパレスチナ・イスラーム・ジハード運動(PIJ)構成員と主張している。停戦を仲介したエジプトは、治安部門代表団をイスラエルとパレスチナそれぞれに派遣し、停戦を監視する。

 イスラエルのガンツ国防相や国防関係者は、ガザ地区に対する攻撃で大きな戦果を達成したと評価した。停戦で合意したものの、イスラエル側は今後もガザからの攻撃に備えて警戒態勢を継続する模様である。

 ハマース軍事部門、カッサーム旅団のアブー・ウバイダ報道官は、停戦が発表された後、「ハイファからラモンまでパレスチナ全土を攻撃する準備は整っているが、我々はアラブの停戦仲介を受け入れる」との声明を発表した。ガザのハマース政治局のハリール・ハイヤは、イスラエルとの停戦はパレスチナ抵抗運動の勝利であると称賛した。また、PIJ軍事部門、クッズ旅団のアブー・ハムザ報道官も指導部の停戦の決定に従うとの声明を発表した。

 停戦の発表を受けて、米国のバイデン大統領は、停戦は中東に永続的な平和を築く真の機会になると述べ、エジプトの停戦仲介に謝意を表明した。

 

評価

 イスラエルとガザの二大武装勢力が停戦で合意したものの、今後も双方から攻撃が再開される可能性はあるため、戦闘の再燃に警戒する必要はある。

 10日の戦闘開始以来、国連では緊急安保理会合が数度開かれ、イスラエルとガザの双方に停戦を求め、イスラエルの入植活動やパレスチナ住民への立ち退き要請の停止を求める声明の採択が試みられた。しかし、米国は「国連安保理声明は現在進行中の停戦に向けた外交活動を妨害する」として採択を拒んだ。また、バイデン政権はイスラエルに停戦を求めながらも、イスラエルのガザに対する攻撃を非難しなかった。こうした外交姿勢から、バイデン政権も米国の歴代政権と同様、イスラエルに対して強い態度で出られないことが明らかになった。

 しかし、米国が「現在進行中の停戦に向けた外交活動」を理由に国連安保理声明を拒んだことは、ある意味合理的と言えよう。上記の「外交活動」には、ホワイトハウスからネタニヤフ政権への電話会談を通じた停戦の働きかけの他、エジプトの停戦仲介を意味すると思われる。国連安保理の場で仮にイスラエルを非難する声明が採択されたとしても、それはイスラエルの行動を変える要因になる可能性は低い。イスラエル(特に右派)は国連を反イスラエル的、反シオニズム的と見なしており、国際社会からの非難はイスラエルの対パレスチナ政策を硬化させる働きにしかなりえないだろう。

 一方、エジプトは過去のイスラエル・ガザ衝突でも停戦仲介を果たしてきた。イスラエルとガザの武装勢力がエジプトの仲介を受け入れる理由としていくつか指摘できる。ハマースやPIJがエジプトを受け入れる根底の理由には、エジプトがかつてイスラエルと戦った国で、パレスチナ抵抗運動の意義を理解できるアラブの同胞という見方が存在する。しかし、こうしたアイデンティティの共有以上に重要な要因は、エジプトは従来から反イスラーム過激派の立場であるものの、エジプト領が攻撃されなければガザでの過激派の活動を容認してきたことであろう。また、ガザ経済の生命線であるラファハ境界の開閉権限はエジプトが握っている。ガザの武装勢力にとって、エジプトは良好な関係を維持しておくべき国なのである。

 イスラエルにとってエジプトは自国と和平を結んだ国である。冷たい和平関係にありながらも、イスラエル・アラブ間の安定した関係、アラブ急進諸国やイランに対する見方、シナイ半島の安全といった点において安全保障上の共通利益を有する。ガザ事情に精通したエジプトの諜報機関や軍はイスラエル国防関係者と長年にわたり情報交換を続けてきた。このように、エジプトはイスラエル・ガザ両方の事情や利益を理解するため、仲介役を果たせたといえる。

 近年、中東国際政治においてエジプトのプレゼンスが弱まったといわれるが、イスラエル・パレスチナ関係はエジプトが外交上の影響力を発揮できる分野といえる。もっとも、ガザ情勢の悪化はエジプトの安全保障に直接影響を及ぼすために、エジプトが積極的に外交活動を展開しているともいえる。停戦合意には至ったが、イスラエルとガザの武装勢力が相手を正式な交渉相手とみなさない限り、武力衝突が再発する可能性は残っている。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「イスラエル・パレスチナ:軍事対立の激化、イスラエル・アラブ人の暴動(2)」No.21(2021年5月14日)

・「イスラエル・パレスチナ:軍事対立の激化、イスラエル・アラブ人の暴動」No.20(2021年5月12日)

・「パレスチナ:東エルサレムでの大規模な衝突」No.17(2021年5月10日)

(上席研究員 金谷 美紗)

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