中東かわら版

№20 イスラエル・パレスチナ:軍事対立の激化、イスラエル・アラブ人の暴動

 5月初旬に発生した東エルサレムでの大規模なイスラエル人・パレスチナ人の衝突は、ガザ地区からのロケット弾攻撃とイスラエル軍による報復空爆の応酬、そしてイスラエル国内でのアラブ人による暴動に発展している。ガザから発射された多数のロケット弾の一部がテルアビブ周辺の都市に着弾し、死傷者が出たことから、イスラエル軍はガザ地区のハマースやパレスチナ・イスラーム・ジハード運動(PIJ)に対する報復攻撃を強めている。以下は、5月10~11日の主な情勢をまとめたものである。

■ガザ地区からイスラエル領へのロケット攻撃

  • ハマース発表:軍事部門「カッサーム旅団」がテルアビブなどイスラエル中央部をロケット130発で攻撃した。
  • PIJ発表:軍事部門「アブー・アリー・ムスタファー旅団」がテルアビブ、アシュケロン、スデロット、ネティボトなどに対してロケット弾攻撃を実施した。
  • イスラエル軍発表:10~11日にガザ地区からイスラエル領に向けてロケット弾630発が発射され、このうち480発がイスラエル領内に着弾し(うち200発を迎撃)、150発がガザ地区内に着弾した。
  • 12日早朝までにロケット攻撃によりイスラエル人5人が死亡した。エイラート・アシュケロン間のパイプラインに着弾し、炎上した。

イスラエル軍のガザ地区への報復空爆

  • イスラエル軍発表:10~11日にかけてガザ地区の500以上の標的を攻撃し、テロリスト数十人を殺害した。また予備役兵5000人が招集された。
  • ハマース発表:イスラエル軍の攻撃でパレスチナ人33人が死亡し、220人負傷した。

イスラエル国内でのアラブ人の暴動

  • テルアビブ東部のロード市(Lod)でアラブ人の暴動が発生し、商店、シナゴーグ、車が放火された。暴動の前には、ユダヤ人がアラブ人を射殺する事件が起きていた。
  • ネタニヤフ首相は同市に非常事態を宣言し、同首相・ガンツ国防相は事態鎮静化のため同市に国境警察部隊を派遣した。
  • アラブ系のラアム党、ハダシュ党、左派メレツ党のアラブ人議員は、アラブ人地区での暴動に対して自制を呼びかけた。

■諸外国の反応

  • 国連:10日、国連安保理緊急会合が開催され、イスラエルに入植地活動・住宅破壊・立ち退き命令の停止を求める安保理声明案が検討されたが、米国の働きかけで声明案は採択されなかった。引き続き11日も緊急会合が開催された。ウェネスランド国連中東和平担当特別調整官は全面戦争にエスカレートしつつあると懸念を表明した。
  • 米国:ブリンケン国務長官はイスラエルに対するロケット弾攻撃の停止と、イスラエル・パレスチナ双方の武力行使の停止を求めた。
  • EU:イスラエル・パレスチナ双方に武力行使の停止を要求した。
  • アラブ諸国:アラブ連盟はイスラエルを批判。エジプトはイスラエルに抑制を働きかけている。

 

評価

 ガザ地区からのロケット弾攻撃の増加は、東エルサレムでの暴動におけるイスラエル当局の対応に対する報復として始まった。イスラエル軍は報復攻撃としてF-35戦闘機などを動員してガザ地区のハマースやPIJの拠点を空爆している。イスラエル人に死者が出たため、イスラエルとしては報復の手を緩める意思はなく、今後しばらく武力衝突が続くと思われる。

 さらに、事態はイスラエル国内でのユダヤ人・アラブ人対立にも発展し、テルアビブ東部のロード市においてアラブ人が商店、シナゴーグ、車などを放火した。一部のアラブ人は銃を装備して治安部隊と衝突しており、ロード市市長は2000年10月の第2次インティファーダよりも情勢は悪く、「水晶の夜」(※1938年11月にドイツやチェコで起きた反ユダヤ人暴動)のようだと述べた。

 イスラエルとガザの武装組織の双方が武力行使の停止で合意するためには、国際社会の仲介が重要となってくる。しかし現時点で米国はイスラエルに強く自制を求める姿勢は見せておらず、国連安保理も米国の圧力を受けて強いメッセージを出せずにいる。他方、イスラエル・ガザ武装勢力の双方とパイプを持つエジプトは、イスラエルに武力行使の停止を働きかけているようだ。今後、バイデン大統領の米国がイスラエル・ガザ間武力衝突の停止に向けてどのような態度をとるのか、エジプトの外交が奏功するのか注目される。

 イスラエル・ガザ間で武力対立が再び激化したことにより、パレスチナで延期された選挙が実施される見通しは消えた。また、現在イスラエルでは3月の総選挙を受けて、中道イェシュ・アティド党のラピード党首を中心に組閣協議が行われているが、6月2日の組閣期限に間に合わない可能性も出てきた。連立政権の成立に重要な役割を果たすとみられるアラブ系のラアム党が、東エルサレムでの暴動を契機に組閣協議を一時停止したためである。ラピード党首中心の連立政権は右派・中道・左派・アラブ系の協力を想定しており、現在のイスラエル・ガザ間対立が長引くほど協力関係が崩れる可能性は高くなるだろう。

(上席研究員 金谷 美紗)

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