中東かわら版

№15 パレスチナ:議会選挙・大統領選挙・PNC選挙の延期

 2021年4月30日、アッバース大統領は5月から8月にかけて実施予定であったパレスチナ立法評議会(PLC)選挙、パレスチナ自治政府(PA)大統領選挙、パレスチナ民族評議会(PNC)選挙を延期する旨の大統領令を発出した。同日に行われたパレスチナ指導部会合で選挙延期が全会一致で承認され、それに基づき大統領令が出された。議会選挙運動が始まる直前であった。

 大統領令には、「2021年1月15日付大統領令第3号で呼びかけられた全土での選挙(議会選挙、大統領選挙、民族評議会選挙)は、パレスチナ全土、そして首都エルサレムで選挙を実施する条件が整うまで延期される」と記され、イスラエル政府が東エルサレムでの投票を許可しなかったことを延期の理由とした。5月1日、アブー・ルデイネ大統領府報道官は延期の決定について、東エルサレム抜きで選挙を実施すれば「世紀の取引」を受け入れたことになり、パレスチナ民族の重要な基盤である首都エルサレムを守るために延期を決定したと説明した。

 延期が発表されると、西岸のラーマッラーやガザ地区で一部の住民が予定通りの選挙実施を求めて抗議デモを行った。ハマースのハニーヤ政治局長は、選挙延期の決定は残念であり、延期理由には全く納得がいかないと述べ、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)などその他諸派も延期に反対した。EUのボレル外務・安全保障政策上級代表も、パレスチナでの選挙延期に深く失望したとの声明を出している。

 

評価

 パレスチナ内で対立を続けてきたファタハとハマースが全土での選挙実施に合意したにもかかわらず、選挙延期という結果に至った真の理由は、ファタハ内部の分裂と考えられる。比例代表制で行われる議会選挙に向けて、アッバース大統領率いるファタハは統一名簿の形成を試みたが、ファタハ内の反アッバース大統領派の主要勢力であるマルワーン・バルグーティー(イスラエルの刑務所で服役中)が別の選挙名簿「自由」で議会選挙に参加すると発表した。本人は服役中のため、ナーシル・クドワ(故アラファート大統領の甥)を名簿第1位に据え、バルグーティーの妻ファドワ氏が第2位に置かれた。また、ファタハから除名されたアブダビ在住のムハンマド・ダハラーンは選挙名簿「未来」への支持を公言した。このようにファタハ内部で複数の名簿が競合する状況ではファタハ本流が勝利することは難しく、選挙後にアッバース大統領の権力が失われる可能性が高くなっていた。選挙実施に関与したPA筋によると、東エルサレムで投票を実施する別の方法も検討されていたが、アッバース大統領がそれを検討しなかったという。

 他方、アッバース大統領がイスラエルを理由に選挙を延期したことにより、PAはますます民衆の支持を失っていくと考えられる。アッバース大統領はファタハと自身の権力維持のために選挙延期を選び、イスラエルはそもそもパレスチナの分裂状態が続く方が都合が良く、PAとイスラエルは選挙の延期に共通利益を見出している。利益を共有した現状では、PAは実質的に東エルサレムでの投票の可能性をイスラエルに任せたも同然である。既に弱体化した権力基盤を守るためにアッバース大統領がイスラエルを口実に持ち出したことは、統治の正統性をますます低下させ、イスラエル・パレスチナ和平交渉の再開を遠ざけると思われる。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「パレスチナ:パレスチナ立法評議会選挙、大統領選挙、パレスチナ民族評議会選挙日程の発表」No.124(2021年1月18日)

(上席研究員 金谷 美紗)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP