中東かわら版

№14 アフガニスタン:米軍撤退開始後の軍事・治安情勢

 2021年4月29日、米国はアフガニスタンからの米軍撤退を始めた。米国は大使館職員数を縮減した上で、クウェイトにある高機動ロケット砲システムを援護のためにアフガニスタンに移動させつつ、段階的撤退を始めた。この動きは、バイデン米大統領が4月14日に米軍撤退延期を発表したことを受けて、時を置かずに着手されたものである(経緯は『中東かわら版』No.11参照)。ターリバーンは発表の翌15日、米国の決定はドーハ合意違反だとして攻撃再開を警告した。これを受けて、アフガニスタン国内の治安情勢は悪化の兆候を見せている。

 米軍撤退開始の翌4月30日、中央部ローガル州都ポレアラムのゲストハウスに対する自動車積載型爆弾の爆発により、少なくとも民間人26名が死亡、110名が負傷する惨事が起きた(下図参照)。多くの犠牲者は、ゲストハウス内で大学入試に向けて勉強をしていた学生だったことから、国内では非難の声が多数上がった(注:犯行主体は不明)。また、翌5月1日には南部カンダハール州にある米軍が駐留する空港に対するロケット攻撃があり、米軍は精密照準爆撃で応戦した。こうした散発的な事案の発生に加えて、ターリバーンによる実効支配領域の拡大を企図する大規模攻勢も多発している。5月3日、西部ヘラート州ファールシー郡で、ターリバーン戦闘員100名以上が自動車積載型爆弾2発を用いた大攻勢を仕掛け、応戦したアフガニスタン国家治安部隊(ANSF)隊員8名が死亡、4名が負傷した。また、西部ファラー州バーラーブルーク郡では、ターリバーンが地下に掘ったトンネルを使ってANSF哨戒所を襲撃し、交戦の末、隊員7名が死亡した。

 

図 アフガニスタンにおける米軍撤退開始以降の主要な治安事案発生地点 

(出所)AIMS地図をもとに筆者作成。国内主要都市を青字で示し、治安事案発生地点を赤字で示した。なお、図中に示される赤線は幹線道路を、黄線はその他の道路を示す。

 

 同5月3日、ターリバーンは、南部ヘルマンド州都ラシュカルガーに対しても複数の方角から攻勢を仕掛けた。同州議会議長は、ラシュカルガー周辺の複数のANSF哨戒所がターリバーン側に陥落したことを認め、1000世帯以上が避難を余儀なくされたと述べた。続く5月5日、ターリバーンは北東部バグラーン州ボルカ郡を襲撃し、郡の中心部を掌握した。

評価

 バイデン大統領がアフガニスタンからの米軍撤退を開始して以降、アフガニスタンの治安情勢においては以下の特徴が見られる。①ターリバーンは、州都を含む各地で大規模攻勢を仕掛けており、ANSFが応戦するもターリバーン側に陥落した地域がある。②その一方で、ターリバーンは、米軍に対して死傷者を生じさせる程の攻撃には及んでいない。③米国は一時的にアフガニスタンに注入する軍事資源を増加させつつ、慎重、且つ、確実に撤退を進めている。

 現在、ターリバーンが①の通り軍事攻勢を激化させている要因には、将来の和平交渉を見据えて軍事面で優位に立ちたい思惑がうかがえる。将来のアフガニスタン政府側との和平交渉において、軍事的成果は交渉を有利に運ぶ材料となる。交渉当事者であるアフガニスタン政府・ターリバーン間の争いには、根底には新旧支配勢力同士の権力闘争という側面が色濃く存在する。ターリバーン内には、軍事的手段で権力を奪取すべきと考える強硬派もいる。これらを踏まえ、ターリバーンは軍事的圧力を加えながら、自らを優位にしたいものと考えられる。

 他方、ターリバーンが②に見られる通り、米国権益への攻撃を極力控えている点は注目に値する。ターリバーンはこれまで幾度も、米国側にドーハ合意を遵守するよう要求してきた(2020年11月10日、2021年3月26日、4月15日付声明、他)。しかし、バイデン大統領は当初予定の5月1日から9月11日まで撤退を延期する決断を下した。このため、ターリバーンが米国権益に危害を加えることが懸念されていたが、ターリバーンはこれを避ける様子を見せている。この要因には、延期されたとはいえ、米軍がアフガニスタンから去ることがターリバーンにとって大きな利益であることがある。ターリバーンは、外国軍撤退とイスラーム統治の実現の2つを目標に掲げてきた(詳細な分析は『中東分析レポート』R19-13【会員限定】参照)。米兵に死傷者が生じ、9月11日までの米軍撤退が撤回されることは自らの首を絞める行為に当たる。このため、ターリバーンはANSFへの攻撃に傾注しているのだろう。

 ターリバーン指導部内では、今後の和平交渉への対応が検討中だと報じられている。現時点で指導部から明確な方針は示されていない。しかし、ターリバーンが置かれた客観的状況(上記の③参照)に鑑みれば、ターリバーンは今後もドーハ合意の枠組み自体は壊さず、9月11日の米軍撤退完了まで時間稼ぎをする可能性が高い。これまでの経緯を振り返ると、2015年9月末に北東部クンドゥーズ州都が一時陥落して以来、ANSFが州都を奪われたことはない。当面の間、ANSFは州都は防衛すると見られるが、米軍撤退が既定路線となった現状下、ターリバーンは農村部での実効支配領域を着実に拡げるだろう。

(研究員 青木 健太)

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