中東かわら版

№6 イラン:ナタンズ核関連施設で電気系統の「事故」が発生

 2021年4月11日朝、イラン中部のナタンズ核関連施設で、電気系統の一部が損傷する「事故」が発生した。同日、原子力庁のキャマールヴァンディ報道官は、同核関連施設内の「殉教者アフマディー・ローシャン」と呼ばれるウラン濃縮施設で「事故」が発生したが、被害者はおらず、また周囲への汚染も確認されていないと述べた。同報道官は、検証を続けると述べた一方で実行主体については言及しておらず、現時点で誰が実行したかは不明である。

 これを受けて同日、原子力庁のサーレヒー長官は、本事案はイランによる目覚ましい核開発分野での発展を阻害する目的で行われた「核テロリズム」だと非難した。また、同長官は、本事案は「経済制裁の解除に向けた(ウィーンでの)交渉を妨害」する目的で行われたとの認識を示すとともに、国際社会と国際原子力機関はこのような「核テロリズム」の首謀者、及び、実行犯に対して行動を起こすべきと強調した

 本事案は、イランが国家核技術記念日(4月10日)に際して、新たな高性能遠心分離機を稼働させた直後に発生した。被害の全貌は明らかでないが、イスラエル国内メディアは「イランが公表する以上に深刻なダメージが生じた」と報じた。なお、キャマールヴァンディ報道官が顔面と足首を負傷したとの報道も見られるが、これは本事案発生後の調査中に高所から落下したことによるもので、核関連施設の「事故」によるものではない模様である

評価

 本事案は、イラン当局の治安維持能力の低さと核関連施設管理の杜撰さを示した点で注目される。昨年7月にもナタンズ核関連施設では大規模な爆発が発生しており、コンピューターウイルスStuxnetを用いたサイバー攻撃による妨害工作ではないかとの指摘が出ていた(詳細は『中東かわら版』2020年度No.41参照)。現在、実行主体が特定されてないとはいえ、イランが国家の威信をかけて進める核開発の中心地といえる同核関連施設が累次に亘って損傷したことは、イラン治安当局にとって屈辱的な出来事である。このため、体制内では再発の防止に向けて、責任者の処罰を含む厳正な対応が講じられるものと見られる。

 こうした出来事が度々発生する要因には、体制内、もしくは、同核関連施設内に妨害工作を企図する者との内通者がいる可能性が指摘できる。基本的に、サイバー攻撃によって昨年のように施設の大半にダメージを与える大規模爆発を引き起こすことは技術的に困難である。実行には、施設内の位置情報や爆発物を仕掛ける人手が不可欠だ。したがって、今後、体制内で人員の粛清や、それを避けるために治安当局高官らが「保身」に走る動きも出ると考えられる。

 偶然にも、本事案は米国のオースティン国防長官がイスラエルを訪問中に発生した。また、イスラエル国内メディアは「匿名のイスラエル諜報筋」の情報として、モサドが事件の背後にいると一斉に報じた。本事案発生の当日、ネタニヤフ首相は「イランおよびその代理勢力、イランの軍備増強に対する闘いは重大なミッションである」と述べ、コハヴィ参謀総長は「敵はイスラエル国防軍の中東全域での活動や能力を監視している」と述べている。こうした報道からは、イスラエルがナタンズ核関連施設での「事故」に関与した可能性が高いといわざるをえず、もしそうであれば、米国はイスラエルの関与を承知していたのかという疑問が生じる。なお、4月6日に紅海でイスラエル軍がイランの偵察船を攻撃した件では、米国は作戦の通達を受けていた。

 中東各地でイスラエルによる(または、イスラエルによるとされる)イラン権益に対する攻撃が散発するなかで、米国がイスラエルに対して何らかの抑制を促さなければ、イランはウィーンで進行中の米・イラン間接協議そのものへの不信感を募らせ、更に態度を硬化させる恐れもある。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 

<中東かわら版>

・「イラン:イラン・米国間の間接協議が始まるも協議は長引く見通し」2021年度No.3(2021年4月7日)

 

<中東分析レポート>【会員限定】

・「イラン核合意を巡るイラン・米国対立と今後の展開 ~イラン国内諸派間の関係性に着目して~」R20-14(2021年3月22日)

(研究員 青木 健太)
(上席研究員 金谷 美紗)

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