中東かわら版

№4 イラク:米軍撤収の発表とシーア派民兵

 2021年4月7日、イラク・米国の両政府は共同声明で、イラクに駐留する米軍(現在約2500人とされる)の最終的な撤収について合意に達したことを発表した。この理由として、「イスラーム国」(IS)の脅威が減じ、米軍の主たる役割がイラク軍の訓練に限られていることが説明された。ただし、撤収の期限や規模についての具体的な発表はなく、同合意が今後どのように履行されるかは定かではない。

 

評価

 2020年夏以降、米国はトランプ前政権末期のレガシー作りの一環としてイラクからの米軍撤収をたびたび宣言してきた。実際のところ、国内でのISの武装活動は停滞傾向にあり、世界各地の「州」と比べて作戦数は多いものの、「殺傷人数」から見たパフォーマンスは低い部類である(図表1)。2021年1月21日のバグダードでの自爆攻撃では死者30人以上、負傷者100人以上が発生し、過去数年で最大規模の攻撃として注目を集めたが、見方を変えればそれほどISの犯行が珍しくなったということである。

 

図表1 2020年10月〜2021年4月における主要「州」での作戦数と殺傷数の相関関係

「州」

作戦数合計

殺傷数合計

1作戦の殺傷人数平均

イラク

567

1028

1.81

西アフリカ

288

1512

5.25

シャーム

249

646

2.60

ホラーサーン

119

555

4.67

シナイ

100

143

1.43

中央アフリカ

62

355

5.73

出所:ISのオンライン週刊誌『ナバウ』(2020年10月1日付254号〜2021年4月1日付280号)を基に筆者作成。総作戦数が10以下の「州」(パキスタン10、ソマリア6、東アジア5、チュニジア3、カフカス1、ヒジャーズ1、ウィーン1)は省いた。

 

 一方、これと反比例するかのように2021年2月以降、シーア派民兵の乱立と武装活動の活発化が確認できる。とりわけ2月15日のクルディスタン自治区アルビル基地への攻撃、3月3日のアンバール県アイン・アサド基地へのロケット弾による攻撃、同16日のアンバール県バラド空軍基地への攻撃は注目を集めた。諸派は声明の中で、「駐留米軍の撤収が進んでいない」ことを批判し、これを意識してかカージミー首相も同15日に「駐留外国軍は着実に減少している」「2003年から続く軍備増強の考えから離れる」と強調した。

 2月以降にシーア派民兵が活発化した要因としては、米国の政権交代が考えられる。諸派としては、強力な報復を受けない程度の声明を出し、バイデン政権の反応を探りたい段階だろう。現在、シーア派民兵とISとの間では武装活動での住み分けが概ね成り立っており(図表2)、米軍からすれば両組織の「潰し合い」は期待できない。一方のイラク政府は、対ISの防波堤としてのシーア派民兵諸派のこれまでの貢献や、今後諸派が反体制勢力に転じる危険も考慮し、諸派の存在を一定程度公認してきた。実際、米国がシーア派民兵諸派を非難すればイラク政府がこれを擁護するといったやりとりがしばしば見られる。

 こうした事情を踏まえれば、今般の米・イラクによる共同の「撤収宣言」は、イラク国内の治安についての楽観的な見方に基づいたものというより、米・イラク関係に溝が生まれることと、これにシーア派民兵が乗じることの可能性を考慮した決定と見ることができる。

 

図表2 2021年以降のイラクにおけるISとシーア派民兵の主な活動地域

出所:インターネットで配信された声明などを基に筆者作成。

 

【IS】

キルクーク県、サラーフッディーン県、ディヤーラー県、ニーナワー県、バグダード県

【シーア派民兵】

クルド人自治区、アンバール県、カーディーシーヤ県、ジーカール県、バービル県、ムサンナー県

(研究員 高尾 賢一郎)

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