中東かわら版

№53 イエメン:南部移行評議会(STC)が自治宣言の撤回

 2020年7月29日、イエメンの南部移行評議会(STC)は、4月26日に発した自治宣言を撤回することを発表した。これによって、STCと暫定政権は2019年11月に交わしたリヤド合意に基づいて、権力分有を図るための協議を再開することになる。リヤド合意の仲介役であるサウジからは、ファイサル・ビン・ファルハーン外相がSTCの自治宣言撤回をリヤド合意履行のための重要なステップと歓迎する旨発言、ハーリド・ビン・サルマーン副国防相がムハンマド・サウジ皇太子の努力の成果と喧伝し、イエメンの暫定政権側も今次の動きをサウジの仲介のたまものとたたえた。またSTCは自治宣言撤回に関連して、ハーディー暫定政権との協力関係を築き、武装組織の掃討に取り組むと発言した。

 

評価

 2014年以来、イエメン国内の勢力図は、暫定政権と武装勢力アンサールッラー(俗称:フーシー派)が対立、2019年8月に暫定政権からSTCが離反して三つ巴に展開し、さらに海外からサウジが暫定政権、UAEがSTC、(サウジ側の主張では)イランがアンサールッラーを支援するという、3カ国の代理戦争と呼べなくもない様相を呈してきた。

 この状況を打開すべく、2019年9月以降にサウジ・UAEが交渉、暫定政権とSTCを仲介し、同年11月に結ばれたのがリヤド合意である。リヤド合意の効果は、端的にはイエメン国内でアンサールッラーを孤立させることにある。これが履行されれば暫定政権とSTCはアンサールッラーとの戦いに注力することができ、これを後押しするサウジとしては、2015年以来続けるイエメンへの軍事介入を「イランの支援を受けた過激派組織からイエメンを守るための努力」とすることができる。

 とはいえ、そもそもSTCがリヤド合意に背を向け、自治を宣言した背景には、STC側の主張によれば、暫定政権が十分な権力分有を実施しなかったこと、つまり暫定政権がSTCの拠点である南部アデンに押し入って権力を占有しようとしたことにある。このため、STCが自治宣言を撤回した背景には、暫定政権との権力分有がかなりの確度で約束され、さらにこれをサウジが保証したことがあると考えられる。サウジとしては、暫定政権が強い権力を所有してイエメン統一政府が誕生し、これを「パートナー」としてアンサールッラー(イランの影響力)をイエメンから取り除くのがベストな結末であるが、UAEとの関係を考慮すればSTCを排除するわけにもいかない。この点、おそらくサウジがSTCに歩み寄って実現した「リヤド再合意」は、暫定政権内に利権争いをめぐる不満の種をまいた可能性もある。

(研究員 高尾 賢一郎)

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