中東かわら版

№52 アフガニスタン:ターリバーンが犠牲祭期間中の一時停戦を発表

 2020年7月28日、ターリバーンは犠牲祭(イード・アル=アドハー。2020年は7月31日前後から開始予定)に当たり、3日間の一時停戦を発表した。同日付「イスラーム首長国」(ターリバーンを指す)名で出された声明の概要は以下の通りである。

 

  • 「イスラーム首長国」は、全てのムジャーヒディーンに対し、犠牲祭の3日間昼夜に渡り、自陣営から敵に向けた如何なる種類の作戦も実行しないよう指示する。
  • もちろん、敵方陣営から自陣営に対して攻撃が行われた場合は、激しい反撃を行うこと。
  • いずれのムジャーヒディーンも、敵の支配領域に往訪してはならない。同様に、敵に与するいずれの者も当方の支配領域に踏み入れさせてはならない。

 

 同28日、セディーキー大統領府報道官の発言によれば、ガニー大統領はアフガニスタン国家治安部隊(ANSF)に対して、この3日間はターリバーンに対する作戦を実行しないよう指示を出した。これを受けて、犠牲祭期間は、アフガニスタン政府・ターリバーン間で事実上の一時停戦が実現する見通しである。

評価

 ターリバーンが期限付きとはいえ停戦を発表したことは歓迎すべきことだが、これを以て直ちに将来的に治安が回復するとの展望を持つことは早計であろう。本年2月29日のドーハ合意以降、ターリバーンは主にANSFを標的として、激しい軍事攻勢を展開してきた(詳しくは「アフガニスタン:ドーハ合意後の治安・軍事情勢」『中東かわら版』2020年度No.46参照)。こうした中でターリバーンが今回一時停戦を発表した理由は、将来の統治を見据えて、民心に配慮したためだと考えられる。近年、ターリバーンは民間人の巻き添え被害を減らすとともに、新型コロナウイルス対策に尽力する姿勢を精力的にアピールするなど、アフガニスタン国民の福利厚生に資する対応を見せている。ドーハ合意後、例年恒例の春季攻勢を宣言していないことと合わせて考えても、今次停戦発表におけるターリバーンの狙いは国民の歓心を得ることにあると考えられる。なお、ターリバーンの一時停戦発表は、2018年6月(断食明けの祭)と2020年5月(同左)に次いで、今回が3度目である。

 7月27日付国連報告書に基づけば、2020年1~6月のアフガニスタンにおける武力紛争による民間人死傷者数は3458名で前年同期比13%減となっているが、その一方でANSF隊員の死傷者数はドーハ合意以降だけでも1万名を超えた。こうした最近の傾向が意味するところは、アフガニスタンの紛争は、ドーハ合意に基づく米軍の段階的撤退を受けて、旧支配勢力ターリバーンとアフガニスタン政府の間での雌雄を決する一対一の対決の様相を強めているということである。

 今後、ターリバーンは近く開始が予定されるアフガニスタン人同士の和平交渉で優位に立つべく、3日間の一時停戦が終了し次第、軍事攻勢を再開する可能性が高い。「イスラーム国」はじめ、ターリバーン以外の武装勢力による一時停戦は発表されていない点にも、充分留意が要るだろう。ターリバーンの用いる硬軟両戦術を踏まえると、ターリバーンによる軍事攻勢は和平交渉とも並行する可能性が高く、今後より一層の厳重な警戒が必要である。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「アフガニスタン:米国・ターリバーン間の和平取引合意と不安要素」2019年No.185

・「アフガニスタン:ドーハ合意後の治安・軍事情勢」2020年度No.46

 

 <中東分析レポート>【会員限定】

・「アフガニスタン和平の現状と展望 ――ターリバーンの軍事・政治認識を中心に」R19-13

・「新型コロナウイルスの流行と一進一退するアフガニスタン和平過程」R20-03

 

 <イスラーム過激派モニター>【会員限定】

・「ターリバーンは2020年の攻勢開始を未だ宣言せず」M20-02

 

 <雑誌『中東研究』>(定価:本体2,000円+税 ※送料別)

・青木健太「ターリバーンの政治・軍事認識と実像――イスラーム統治の実現に向けた諸課題」『中東研究』第538号(2020年度Vol.Ⅰ)、2020年5月、64-77頁.

(研究員 青木 健太)

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