中東かわら版

№149 イラン:イラン・中国包括的協力協定が締結

 2021年3月27日、ザリーフ外相は、中東歴訪の一環でテヘランを訪れた中国の王毅外相とイラン・中国包括的協力協定に署名した。イラン外務省の声明によれば、今次協定は包括的戦略パートナーシップ共同宣言(2016年1月発出)に基づくもので、両国関係を経済や文化等の様々な分野で今後25年間にわたって更に発展させるものである。

 具体的な内容は正式に明らかになっていないが、2020年7月にイラン・メディアが報じた最終文書案によると、同協定はイランに対して外貨やインフラ開発をもたらす一方で、中国にも原油の安定的な輸入と投資の機会をもたらす互恵的な内容となっている。同協定には、経済、石油・エネルギー、政治、科学技術・教育、人材育成、連結性、軍事・安全保障、テロ対策、情報通信等々、多岐に渡る分野が含まれるとされる。また、同協定は、イラン・中国両国の協力分野として、一帯一路関連活動(南北輸送回廊、チャーバハール港開発、東西鉄道輸送網)、モクラーン海岸開発(ジャースク港開発、観光、環境)、技術遠隔通信(情報通信、5G通信、GPS、コンピューター)等を挙げている模様である(詳細は「イラン・中国関係の進展と今後の展望」『中東分析レポート』R20-10を参照)。

 王毅外相は、今次滞在中にロウハーニー大統領を表敬した他、ラーリージャーニー最高指導者顧問(前国会議長。今次協定の交渉責任者)とも個別に会談した。ロウハーニー大統領は27日の会談において、イランと中国との関係を「戦略的」と呼んだ。

 その一方で、28日、米国のバイデン大統領は記者からの質問に対し、「我々は長い間それ(注:中国がイランと連携すること)を懸念してきた」と反応したと報じられている。

評価

 イランと中国は1971年8月16日に国交を樹立して以来、紆余曲折を経ながらも、着実に友好関係を発展させてきた。イラン・イラク戦争期(1980~1988年)、中国はイランに対する最大の兵器供給源であった。その後も、中国が2001年に設立した上海協力機構にイランがオブザーバー参加するなど、両国は軍事・政治的つながりを深めた。近年では、中国が一帯一路を提唱した中でイランはアジアインフラ投資銀行に正式に加盟することで支援してきた他、2015年7月に締結されたイラン核合意(JCPOA)で中国は当事国の一つとなるなど緊密な関係を保ってきた。経済・貿易面でも、中国はイランにとって最大の輸出入相手国であり、イランにとって中国はイラン産原油の最大の輸出相手国である(2018年のイラン貿易促進機関・OEC社統計参照)。このように、両国は、長い年月を経て包括的に関係を発展させ、特に、最近は対米関係を念頭に顕著に接近しているといえる。

 それでは、イランはなぜ、このタイミングで中国と包括的協力協定を締結するとの判断を下したのであろうか。基本的に、今次協定は、イランに中国からの軍事・政治面での後ろ盾と、原油輸出を通じた外貨獲得という経済的利益をもたらすものである。また、今次協定は2016年の習近平国家主席訪問以来、周到に準備が重ねられたものであり、2020年6月には閣議で承認されていた。その意味では、もっと早くに署名できる状況にあったといえる。それにもかかわらず、イランが署名を先延ばしにした理由には、2020年11月に米国で大統領選挙が予定されていた中で次期米政権の出方を窺うとともに、バイデン政権誕生後は過度に刺激を与えないよう配慮していた可能性がある(注:表向き、イラン外務省は米国大統領選挙との関係を否定)。しかし、バイデン政権によるJCPOA復帰に向けた動きは鈍く、現在まで膠着状態の打破に至っていない。このため、イランは米国からの制裁を「無効化」させる手段の一つとして、今次決断に至ったと考えられる。

 この背景に、ハーメネイー最高指導者が米国への不信感を募らせた結果、米国に背を向けて中国と接近する方向に舵を切った可能性が指摘できる。今次協定の締結が、ハーメネイー最高指導者の了承なしに進められた可能性は非常に低い。交渉責任者には同最高指導者と近いラーリージャーニー最高指導者顧問が指名されており、今般、王毅外相は同顧問と会談している。このため、今次協定の締結に際し、ハーメネイー最高指導者の意向は強く働いていると見るべきである。もう一点、中国側から見れば、今月18日に米国アラスカ州で行われた米中会談が、最終的な引き金になった可能性が指摘できる。同会談では、米中代表団の意見が香港・台湾・ウイグル人権問題を巡って激突し、中国側の面子が潰された格好となっていた。

 このように、今般、イラン・中国両国が「旗色を鮮明にした」形だが、今後への影響としてどのようなものが想定されるだろうか。まず、今次協定の締結により、米国によるJCPOA復帰はより難しくなったと考えられる。確かに、イラン側の観点から見れば、今次協定の締結は中国との二国間関係の枠組みでなされたものであり、米国との関係修復を同時に追求することは可能である。しかし、中国との関係を「格上げ」したイランに対し、バイデン政権側が歩み寄りの姿勢を見せることは、少なくとも米内政の観点からは難しい。イラン側のJCPOA完全遵守への条件は以前から変わっていないことから、「ボールは米国側にある」という状況が今後も続くだろう。

 他方、イランが中国との関係強化を急げば、イラン国内で反発を招くことも懸念される。歴史上、大国からの干渉に翻弄されてきたイランでは、今次協定をトルコマーンチャーイ条約(注:1828年にロシアとガージャール朝の間で締結された不平等条約)になぞらえて警戒する向きもあり、イラン国民が一致団結して今次協定を支持しているわけでもない。また、中国企業の多くは米国でもビジネスを展開しており、二次制裁を恐れて、直ぐにイランへの投資を拡大できる状況にはない。したがって、こうした両国の立場・認識のギャップが、中長期的には両国関係の接近を抑制するものと見られる。

(研究員 青木 健太)

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