№1 エジプト:スエズ運河でコンテナ船が座礁
2021年3月23日、中国からオランダへ航行中のコンテナ船、エバーギブン号(パナマ船籍、日本の正栄汽船が所有)がスエズ運河で座礁し、世界の物流に大打撃を与えた。世界の貿易量の12%がスエズ運河を通行するといわれており、座礁事故により、運河に400隻以上の船舶が足止めを食らった。多くの財の移動が一時的に停止したことで、ブレント原油先物価格は4%上昇し、64ドルになった。
離礁作業は事故当日から始まり、エジプトのスエズ運河庁をはじめ、複数の外国の支援を得て29日、離礁に成功した。エジプト当局は事故原因について当初、強風や砂嵐とみていたが、27日、スエズ運河庁のウサーマ・ラビーウ長官は技術的もしくは人的ミスが原因とみられると述べた。また長官は、座礁事故による損害額は10億ドルを超えるだろうと述べている。
評価
今回の事故は、スエズ運河が世界の物流の重要地点である意味を改めて実感させた出来事であった。スエズ運河はアジアと欧州を結ぶ最短の海運ルートで、南アフリカの喜望峰ルートより約6000㎞短く、輸送日数では2週間短縮できる。世界経済上の戦略的重要拠点であるからこそ、古くはナセル大統領が英仏植民地主義に対抗するためにスエズ運河を国有化し(その後、第2次中東戦争が勃発した)、2011年の「アラブの春」ではエジプト全土が混乱した状況下、政府はスエズ運河の通行確保に努めた。そのため、世界の大国はエジプトを戦略的同盟国として重視している。
今回の事故により、スエズ運河以外の物流ルートの模索は否応なしに進むと思われる。ロシアの国営エネルギー企業・ロスアトム社は、ロシアに利益がもたらされる北極海ルートの有効性を早速主張した。石油・天然ガスの輸送に関しては、東地中海諸国で進むパイプライン計画の実用性が議論されていくだろう。しかし、これらの地域における陸上輸送は治安・政治リスクを考慮しなければならないため、スエズ運河ルートの重要性が低下することは当面考えられない。
今後、エジプト政府はスエズ運河の安全な通行を保障するため、何らかの運河再開発計画を検討すると考えられる。シーシー大統領就任後の目玉プロジェクトとして完成されたスエズ運河の新航路が今回の事件でまったく役立たなかったことは皮肉だが、運河再開発計画を立ち上げた場合はシーシー大統領の危機管理政策の評価が上がることも考えられる。一方、座礁事故が世界的に報じられた件はリスクでもある。スエズ運河東岸のシナイ半島北部ではイスラーム過激派が活動している。過激派の活動地域は運河東岸から70㎞ほど離れており、運河周辺は軍の厳重警備体勢下にあるが、今回の事故は運河の攻撃がエジプトや世界の経済に影響を与えうることを示したため、過激派の攻撃の標的になる可能性はある。実際に、アル=カーイダは過去に港湾の攻撃を示唆する声明を出したことがある。スエズ運河の通行の安全を確保するためには、運河の技術的開発と同時に治安面も考慮する必要があるだろう。
(上席研究員 金谷 美紗)
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