中東かわら版

№131 アフガニスタン:バイデン米政権による対アフガニスタン政策の見直し

 発足以降、バイデン米政権は外交・安全保障分野での施策を徐々に明らかにしつつあるが、なかでもトランプ前政権期と比べて大きな変化の兆候が見られるのが対アフガニスタン政策である。

 2021年1月22日、米国のサリヴァン大統領補佐官(国家安全保障担当)はアフガニスタンのモヒーブ国家安全保障評議会書記と電話会談し、米国は和平プロセスを引き続き支援するとの考えを述べるとともに、2020年2月に締結された米国・ターリバーン間の合意(以下、ドーハ合意)を見直す意思を伝えた。同会談後に発出されたホワイトハウス声明によると、サリヴァン補佐官は、ターリバーンによる①テロ組織との関係断絶、②暴力削減、③アフガニスタン政府との真摯な対話、の3点を見直す方針を示した。同月28日、今度はブリンケン国務長官がガニー大統領との電話会談に臨み、米国はドーハ合意を見直しているところだと正式に伝達した。また、同長官は、アフガニスタンの安定、主権、民主主義、安全な未来を支援するための総合的な戦略について、アフガニスタン政府、NATO同盟国、国際パートナーと協議することを約束した。

 これに合わせて、米軍撤退計画も変更となる可能性がある。1月28日、米国のカービー国防総省報道官は、「ターリバーンはドーハ合意を履行していない」と不信感を滲ませ、「今後の撤退計画は、現場での治安上の要請に基づいて行われる」と述べ、2021年5月以降も米軍駐留を継続する可能性に言及した。

 こうした動きに対して、ガニー大統領は1月25日の閣議で、「新政権発足から2日目に、米国の(サリヴァン)国家安全保障担当大統領補佐官は初めてとなる電話会談をアフガニスタンの国家安全保障評議会書記と行った。アフガニスタンと米国の間で新しいチャプターが始まった」と歓迎の意を示した

 一方で、1月29日、ターリバーン交渉団のスタネクザイ氏(元カタル政治事務所代表)はモスクワ訪問中の記者会見で、米国による政策見直しは「内部の決定」だとして尊重しつつも、バイデン政権がドーハ合意を破棄しないことを期待すると釘を刺した。また、2月1日、ターリバーン・カタル政治事務所のシャヒーン報道官もテヘラン訪問中の記者会見で、「(ドーハ合意から)14カ月経ってもアメリカが駐留を続けるようなら、それは占領に他ならない」と述べ、バイデン政権がドーハ合意を反故にするのではないかと警戒する様子を窺わせた

評価

 今般、米政府高官から対アフガニスタン政策を見直す立場が表明されたといっても、ドーハ合意が直ちに破棄されるといったことを指すのではないと考えられる。むしろ、米国がドーハ合意当事者として、ターリバーンに対して合意の履行を粘り強く要求する意思の表れと見るべきである。

 その根拠として、バイデン大統領は自らの選挙公約、および、『フォーリン・アフェアーズ』2020年3・4月号に寄稿した論文において、「永遠の戦争を終わらせる時が来た」、「我々はアフガニスタンと中東の戦争から部隊の大半を帰国させ、アル=カーイダ(AQ)と「イスラーム国」(IS)の掃討を使命にするよう定義を狭めるべきだ」との立場を示していた。また、同大統領は、米国外に部隊を大規模展開するのではなく、数百人規模の特殊部隊と諜報員を駆使して、これら「共通の敵」に対抗するべく現地のパートナーを支援する方向性を明確にしていた。米国内世論に鑑みれば、すでに「忘れられた戦争」になりつつあるアフガニスタンに今さら増派することは非現実的でもある。したがって、バイデン政権は、アフガニスタン駐留部隊撤収という目標を踏襲しつつも、同時に米本土への脅威を削ぐために対テロ特殊部隊は残したい意向であると推定される。

 こうした玉虫色の方針をとらざるを得ない背景には、ターリバーンがドーハ合意を遵守していないことがある。特に、米国は、ターリバーンがAQとの関係を継続していることを問題視している。例えば、昨年10月25日、中央部ガズニー州で「インド亜大陸のAQ」幹部アブー・モフセン・ミスリーが殺害されるなど、ターリバーンは未だにAQに庇護を与えていると見られる。さらに、ターリバーンは、昨年10月半ばに、南部ヘルマンド州都ラシュカルガー市の一部を占拠するなど軍事攻勢の手も緩めていない。現状、米国はドーハ合意で約束されていたはずの利益を何も得られていない。こうした事情から、今次の動きにはバイデン政権による主導権奪取という意味合いが見て取れる。

 他方、権力の剥奪を恐れるガニー政権は駐留米軍の残留を歓迎すると見られるものの、ターリバーンがこれをドーハ合意違反だとして反発することは確実である。だとすれば、ターリバーンが「占領軍」に対して抵抗する構図自体に変わりはなく、今後も治安状況の改善は見込めない。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東分析レポート>【会員限定】

・「米国バイデン政権の誕生と中東諸国」R20-13

(研究員 青木 健太)

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