中東かわら版

№130 イスラエル:参謀総長によるバイデン政権批判とイラン攻撃計画の発言の波紋

 2021年1月27日、イスラエル国防軍(IDF)のアヴィヴ・コハヴィ参謀総長はシンクタンクでの演説で、「2015年の核合意への復帰、またはそれに類似した、わずかな改善点のある合意への復帰は悪い事だ」と述べ、JCPOA復帰を掲げているバイデン政権を批判した。同時に、イランの核開発を阻止する複数の計画の策定を軍に命じたと述べた。14日、イスラエル国内メディアは、IDFはコハヴィ参謀総長の命令でイランの核開発を止める戦略を策定しており、その中には軍事攻撃も含まれると報じている。

 参謀総長発言に対して、イスラエルの国防関係者から、現役の軍トップが米政権を公に批判することは不適切であると批判が出ている。ガンツ国防相はJCPOAは全世界にとって危険であると認めた上で、国防計画のレッド・ライン策定は非公開であるべきだと述べ、参謀総長が公に米国を批判し、イラン攻撃計画について発言したことに懸念を表した。ギラード元軍諜報調査局長は、JCPOA交渉で米国からより良いイスラエルへの関与を引き出すには、参謀総長はこのような公的発言を控えるべきだと述べた。さらに、イスラエル諜報特務庁(モサド)のコーエン長官も、イランに関する米国との協議は非公開にされるべきで、バイデン政権がイランと交渉を開始する前にイスラエルの立場を明らかにすべきではないと、参謀総長発言に批判的であると報じられた。コーエン長官は安全保障政策ではタカ派として知られ、ネタニヤフ首相と近い。他方、ネタニヤフ首相は同発言について沈黙している。

 

評価

 今回の発言は、現役の軍トップが米国の政権を批判するという政治的発言である点で、文民統制の原則に抵触する恐れがあり、問題であった。政界における右派の伸長と同時に、IDF内でも右派が伸長していることは以前から指摘されているが、イスラエルが民主主義国として存続する上で文民統制は重要である。

 またそれ以上に、軍事戦略の効果を最大化するためには軍事戦略を公にしないこと、また同盟国との関係に「隙」があることを敵国に見せてはならないという点からも、今次発言は問題であった。IDFを含む国防エスタブリッシュメントがJCPOAに反対であることは周知の事実であり、IDFがイラン攻撃計画を策定しているであろうことも想像の範囲内である。しかし、バイデン政権がイランと協議を行う前に、イスラエル国内から政府レベルではなく参謀総長個人が米国を批判したり、イラン攻撃計画について発言したりすることは、対イラン政策において米国・イスラエル間連携が円滑に進まなくなる恐れや、同盟国間に摩擦が存在することを敵側に知らせることになる。そのため、ガンツ、ギラード、コーエンという軍出身者は、米国との協議前に対イラン政策について公に発言すべきではないと懸念した。

 こうした批判からは、イスラエルの安全保障政策決定者は、JCPOA復帰問題についてまずは米国と協議を重ね、米国の姿勢を見極める方針であることがうかがえる。2月後半のコーエン・モサド長官の訪米後に、両国間のイランに対する立場が見えてくるだろう。

(上席研究員 金谷 美紗)

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