中東かわら版

№117 イラン:ハーメネイー最高指導者が制裁への対処方針に言及

 2020年12月16日、ハーメネイー最高指導者は故ソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官の遺族と面会し、米国に対する復讐、及び、制裁への対処方針について言及した。

 故ソレイマーニー司令官は本年1月3日、イラクのバグダード国際空港近くで米軍の無人機攻撃により爆殺された(詳しくは『中東かわら版』2019年No.165参照)。今次面会は1周忌が目前に迫る中、米国の「暴挙」に対して復讐は終わっていないとの姿勢を改めて示すとともに、イラン国民・関係各所責任者に向けた4点の重要対処方針を含んでいる点で注目される。

 ハーメネイー最高指導者による発言の要旨は以下の通りである。

 

ソレイマーニー司令官殺害に対する復讐

  • 殉教者ソレイマーニーは、イラン国民、及び、イスラーム信徒の共同体の英雄である。殉教者ソレイマーニーとモハンデス(注:イラクのシーア派民兵組織カターイブ・ヒズブッラー指導者兼人民動員副司令官。ソレイマーニー司令官とともに爆殺された)の葬儀にイラク・イラン両国で数百万人が参列したことは、米国に対する初めの激しい「平手打ち」であった。
  • しかし、より激しい「平手打ち」は、傲慢なヘゲモニーを克服し、地域から米国を駆逐することである。米国に対する復讐は実行されなければならず、この復讐はいつでも実行可能であり決定的なものである。

 

イラン国民・関係各所責任者に向けた4点の重要対処方針

  • ①「あらゆる分野を強化せよ」:経済、科学技術、工業、国防等のあらゆる分野を強化する必要がある。なぜなら、我々が強くなければ、敵は貪欲、攻撃、侵略をあきらめないだろう。
  • ②「敵を信用してはならない」:私からの決定的な助言は、敵を信用するなということである。トランプとオバマは貴方に何をしただろうか。トランプが去るだけで敵がいなくなるわけではない。オバマもまた、イラン国民に悪行を働いた。欧州3カ国(注:英、仏、独を指す)もまた、強欲や悪意や偽善を示してきており、信用することはできない。
  • ③「国民の団結の維持」:関係各所の責任者は、イラン国民の団結を破壊し分割してはならない。三権全てとその長は、団結と協力を日々深めなければならない。
  • ④「制裁の無効化」:制裁を解除するか否かは、敵の手中にある。しかし、制裁を無効なものとすることは我々にできる。このため、制裁を解除するのではなく、制裁を無効化することに焦点を当てる必要がある。もちろん、制裁の解除を追及するなとは言わない。ただ解除できるのであれば一時間も遅れてはならないが、実際は4年間も何も起こらなかったばかりか、むしろ制裁は強化された。

評価

 ハーメネイー最高指導者が復讐に言及したことで脅威が高まったと扇動的に報じる向きもあるが、本年1月より同指導者は事ある毎にソレイマーニー司令官殺害に対する復讐について言及してきた(例えば『中東かわら版』No.48参照)。この意味において、イランが米国に対してサボタージュを仕掛ける危険性は事件発生以来常に存在してきたといえ、今次発言を以て急に脅威レベルが上がったと捉えるのは早計であろう。特に、来年1月20日には条件付きでイラン核合意(JCPOA)復帰を公言するバイデン大統領が就任予定となっている。このタイミングで、敢えてイランが自国の状況を改善させるための「芽を摘む」ような非合理的な行為に及ぶことは考えにくい。

 より注目すべきは、ハーメネイー指導者が制裁への対処方針を披露したことである(上記④)。米国への根深い不信感を背景に、ハーメネイー最高指導者は制裁の解除よりも、仮に制裁が続いた場合でも自活できる方策を開拓するべきとの方針を示した。この背景には、2018年5月に米国がJCPOAから一方的に離脱したことに加えて、欧州3カ国もイランへの有効な救済策を実行できなかったことがある。こうした経緯に鑑みれば、イランとしてどのような状況に陥っても柔軟な対応ができるよう備えることは自然な成り行きと言えよう。

 それでも、今次発言からは、制裁の解除に向けた努力を完全に放棄しておらず、対話の扉を閉ざしてはいない点も読み取れる。このことは、「無謬の存在」として全ての意思決定を独断すると見做されがちなハーメネイー最高指導者が、国内の様々な派閥・勢力のバランスを取りながら、イランにとっての国益を最大化させる有効な一手を模索し続けていることを窺わせる。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「イラン:ソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官殺害とその波紋」2019年No.165(2020年1月6日)

・「イラン:ロウハーニー大統領がバイデン次期米政権に秋波を送る」2020年度No.107(2020年11月26日)

・「イラン:「制裁解除とイラン国民の利益保護のための戦略的措置」法案の承認とその意味」2020年度No110(2020年12月7日)

(研究員 青木 健太)

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