№116 トルコ:米国によるトルコへの制裁発動
2020年12月14日、米国政府はトルコへの制裁発動を決定したと発表した。その主たる内容は以下のとおり。
- トルコ防衛産業庁(SSB)に譲渡された製品または技術への米国の輸出許可および、許可(自体)を付与することの禁止
- 12カ月間で合計1000万ドルを超える米国金融機関からSSBへの貸付または信用供与の禁止
- SSBの輸出に対する米国輸出入銀行の支援の禁止
- SSBのイスマイル・デミル長官、ファルク・イート副長官、セラハト・ゲンチオール防空・宇宙部門責任者、ムスタファ・アルペル・デニズ地域防空システム局プログラムマネージャーに対し完全な資産凍結と、ビザ制限を課す
さらに、米国のポンペオ国務長官は今般の制裁について以下の声明を発出した。
トルコがロシア製のミサイル防衛システムS-400を導入することは、ロシアに多額の資金を提供するだけでなく、ロシアがトルコ軍やトルコの防衛産業にアクセスできるようになることを意味する。また、米軍の技術及び人員の安全を危険に晒すとして、最高レベルで何度もやめるようトルコに求めてきた。トルコは、防衛要件を満たすためのNATO相互運用システムが利用可能な状況にあったにもかかわらず、S-400の導入および試験運用を行うことを決定した。米国は、制裁法(CAATSA)231に基づき、SSBおよび、その最高責任者のイスマイル・デミル長官、他のSSB幹部3名に対する資産凍結とビザの制限を実施する。
これに対しエルドアン大統領は16日の演説で、「トルコはこのような制裁を受けた初のNATO加盟国である。米国による今回の制裁決定は、トルコに対する「露骨な攻撃」である。ロシアのS-400防衛システムの購入に対する米国の制裁は「単なる言い訳」であり、トルコがF-35戦闘機プログラムから除外されたことについて(米側からは)論理的な説明はなかった」として強い不満を表明した。
制裁の対象となったデミルSSB長官は、「米国の制裁決定が私及びトルコの姿勢を変えることはなく、トルコの防衛産業を阻止することは断じてできない。エルドアン大統領主導で完全に独立した防衛産業の目標を達成することを決意している」とTwitterに投稿した。
また、ロシアのラブロフ外相は15日、ボスニア・ヘルツェゴビナのミロラド・ドディク議長との共同記者会見で、「米国は1年以上前からトルコへの制裁の話をしており、(今回の発表は)何の驚きもなかった。国際法に対する傲慢な態度の証拠であり、米国が何十年にもわたって行ってきた違法かつ、一方的な制限の一部である。今回の制裁発動は、軍事技術協力の分野を含む国際分業の責任あるメンバーとして、国際舞台での米国の威信を高めることには何の役にも立たない」と応答した。
評価
トルコに対しては米国のみならず、EUからも制裁発動の動きがみられる。EUは、12月10日の首脳会議で、東地中海沖でのトルコの行動を問題視し、限定的な制裁の準備を進めることで合意した。
ロシア製S-400導入をめぐるトルコと米国との軋轢はオバマ政権時代にさかのぼる。トルコは米国とパトリオット・ミサイルおよび、開発段階からかかわってきたF-35戦闘機を購入することで合意していた。しかし、2017年にシリア問題で米国との関係が悪化したこと等で、トルコはF-35開発プロジェクトから外されることとなった。周辺情勢が不安定な場所に位置するトルコにとり、ミサイル防衛システムの導入は安全保障上必須である。トルコは当時険悪な関係にあったロシアとの関係改善をはかり、S-400を導入することを決断した。
だがその一方で、S-400を購入したものの実際の運用までにはトルコ側にも躊躇があったように見える。これは対欧米関係を考慮したものと考えられ、導入を決定してから3年以上が経過した、2020年10月16日に試射実施にいたっている。東地中海ガス田開発に関し、ギリシャがEU内で執拗にトルコへの制裁を求め、米国でも大統領選が佳境だった時期に試射を断行した背景には、シリア、リビア、ナゴルノ・カラバフ問題で協調せざるを得ないロシアからの圧力があったと思われる。
今般発表された米国の制裁内容自体は、比較的軽度だった。1月に政権交代を控えたトランプ政権の外交的な「後始末」なのか、ロシア疑惑が晴れない同政権がロシアへの断固たる姿勢を見せるためにトルコを利用したのか、は不明ながら、米国側も現時点において、そこまでトルコを追い込むことはしない、との表れかもしれない。
他方、トルコも米国、EUから制裁という「警告」を突き付けられたことで、拡大主義的な外交政策を緩和させ、バランスを取る方向へと舵を切れるかどうかの正念場に立たされている。
制裁発表によって懸念されたトルコリラについては、制裁内容が緩やかだったこともあり、若干の上昇がみられた。しかし、不安定な中で予断を許さない状況にあるのは間違いない。
(研究員 金子 真夕)
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