中東かわら版

№113 モロッコ・イスラエル:モロッコとイスラエルが国交正常化に合意

 2020年12月10日、アメリカのトランプ大統領は、モロッコとイスラエルが国交正常化に合意したことを発表した。同合意では、両国が外交関係を回復させるため、それぞれがラバトとテルアビブで連絡事務所を再開させ、両国間の直行便を就航させる予定である。

 トランプ大統領はまた、アメリカが係争地の西サハラ地域に対するモロッコの主権を承認し、同地域のダフラ(Dakhla)に総領事館を開設する決定も明かした。これを受け、モロッコ王宮府はムハンマド6世国王がアメリカの決定に深く感謝する旨の声明を発出した。イスラエルのネタニヤフ首相も、「中東でこれほど平和の光が明るかったことはない」と述べ、トランプ大統領の仲介努力に謝意を表明した。

 その一方、ムハンマド6世国王は同日、パレスチナ自治政府(PA)のアッバース大統領とも電話会談を行い、パレスチナ問題で二国家解決を支持するモロッコの立場は変わらない方針と伝えた。パレスチナでは、ハマース、パレスチナ・イスラーム聖戦(PIJ)、パレスチナ人民解放戦線(PFLP)などが国交正常化を決定したモロッコを非難する声明を発出した一方、PAは10日現在、同合意について立場表明を行っていない。

 

評価

 モロッコには歴史的に見て多数のユダヤ人が居住し、イスラエルにも約49万人のモロッコ系ユダヤ人が存在するため、両国間の人的交流は活発である。外交面ではオスロ合意を受け、両国の連絡事務所が1994年から2000年まで開設されていた。また、モロッコはアメリカとも政治・軍事面で親密な関係を保持している。

 今般、モロッコ・イスラエル国交正常化の決定要因となったのは、アメリカの対西サハラ政策の変更である。その背景として、イスラエルは今年2月、国交正常化に向けたモロッコの積極的な姿勢を引き出すため、アメリカに対して西サハラがモロッコ主権下にあることを承認するよう働きかけたようである。そのため、モロッコ・イスラエル間の国交正常化の鍵は常にアメリカが握っていたことから、トランプ大統領は来月の任期満了に際し、「駆け込み外交」の一環として、西サハラ承認のカードを利用したと考えられる。

 西サハラ地域に関しては、2020年に入り、アフリカ諸国や中南米諸国の総領事館の開設が相次いでいる。最近では中東諸国で初となるUAEに続き、バハレーンやヨルダンも開設を決定するなど、イスラエルと国交を結んだアラブ諸国が西サハラ地域の帰属問題におけるモロッコへの支持を具体的な行動に移していた。

 今後、モロッコ・イスラエル国交正常化のモロッコ国内への影響として、①パレスチナ支持デモの発生、②与党・公正開発党(PJD)と王宮府の関係悪化が予想される。①に関して、モロッコ国民はパレスチナ問題に敏感であり、パレスチナ人を支持するデモが時折発生している。過去には、イスラエルとパレスチナ間の衝突が激化した第2次インティファーダを機に国民の間で反イスラエル感情が高まったため、モロッコはテルアビブの連絡事務所を2000年に閉鎖するに至った。

 ②について、国王を中心とする王宮府の外交方針に対し、イスラーム主義政党のPJDが反発する可能性もあるだろう。その背景には、PJD出身のウスマーニー首相が党幹部の立場として、8月にモロッコとイスラエルの国交正常化を否定する考えを示したことがある。モロッコで外交政策は国王の専決事項であるため、ウスマーニー首相をはじめPJDから政策変更を要求することは困難であろう。その一方、PJD はイスラーム主義政党としてパレスチナ支持への具体的な行動を実施できなければ、党としての支持基盤を失い、来年実施の議会選挙で議席数を減らしてしまう恐れもある。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東分析レポート>【会員限定】

・「中東各国におけるイスラエル・UAE国交正常化への反応」No.R20-08(2020年8月25日)

 <中東トピックス>【会員限定】

・「モロッコ:ポリサリオ戦線との緊張が高まる」No.T20-08(2020年11月号)

(研究員 高橋 雅英)

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