中東かわら版

№110 イラン:「制裁解除とイラン国民の利益保護のための戦略的措置」法案の承認とその意味

 2020年12月2日、イランによるウラン濃縮活動の即時拡大、及び国際原子力機関(IAEA)が行う査察の受け入れ停止を含む「制裁解除とイラン国民の利益保護のための戦略的措置」法案(以下、法案)が承認された。法案は1日に国会で可決され、翌2日に監督者評議会(護憲評議会とも呼ばれる)が審議し第6条(下表参照)を一部修正した上で承認した。現在、米国においてバイデン次期政権への権力移行が次第に進められる状況下、イラン側が制裁解除に向けてバイデン政権、及びイラン核合意(JCPOA)当事国に対し揺さぶりをかけている点で注目される。

 2日付『ファールス通信』(保守系)は、ガーリーバーフ国会議長が憲法第123条に基づき、ロウハーニー大統領宛てに法案への署名を求める書簡の全文を公開しているところ、要旨は下表の通りである。

 なお、法案の可決に反対を表明していたロウハーニー大統領は3日、「過去に外交上の諸問題を解決した経験ある者が、現下の問題へも解決に当たることを容認して欲しい」と述べ、自らが進めてきた国際協調路線を進めたい考えを改めて強調し、JCPOA維持を死守したい政府と保守強硬派が多数を占める国会との対立が浮き彫りとなった。

 

表 「制裁解除とイラン国民の利益保護のための戦略的措置」法案の要旨

前文

宛先:ハサン・ロウハーニー・イラン・イスラーム共和国大統領閣下

憲法第123条に基づき、国会が可決し監督者評議会がイラン暦1399年9月12日(注:2020年12月2日)に承認した「制裁解除とイラン国民の利益保護のための戦略的措置」を以下の通り通告する。

第1条

法案可決後直ちに、イラン原子力庁(AEOI)は平和的利用のためのウラン濃縮度を20%へ引き上げ、毎年(注:当該箇所を毎月と報じる事例もあるが誤訳と思われる)、少なくとも120キログラムの濃縮ウランを国内で貯蔵することを義務付けられる。

第2条

法案可決後直ちに、AEOIは平和的利用のための低濃縮ウランの濃縮活動を毎月500キログラム増加させることを義務付けられる

第3条

法案可決から3カ月以内に、AEOIは少なくとも1000基のIR-2M型遠心分離機を稼働させる。同様に、少なくとも164基のIR-6型遠心分離機も稼働させ、法案可決から1年以内に1000基に増やすことが義務付けられる。

第4条

法案可決から5カ月以内に、AEOIはエスファハーンの金属ウラン製造工場を稼働させることを義務付けられる。

第5条

AEOIは、40メガワットのアラーク・ホンダーブ重水原子炉の最適化・稼働とともに、新たな40メガワットの重水原子炉を安定的な病院向け放射性同位体製造のため設計することを義務付けられる。法案可決後1カ月以内に、AEOIはこの問題の時程表を国会に通知しなければならない。

第6条

イラン政府は、法案可決から2カ月以内(注:2021年2月1日前後に相当)に、P4+1(独、仏、英、中、露)が銀行・原油取引の正常化義務を遵守できなければ、追加議定書を含む保障措置協定の自主適用の停止を義務付けられる。

*本法案において、政府とは、行政府、閣僚、及び全ての関連行政機関を指す。

第7条

P4+1は核合意で遵守すべきとされる制裁解除を実行しなければならない。イラン政府は、実行された事項に関し国会に詳細に通知しなければならない。国会の外交・安全保障委員会とエネルギー委員会はこれを評価し、国会に対し通知しなければならない。

第8条

法案の厳正なる履行の責任の所在は、大統領、及び関連する省庁・機関・高官にある。

第9条

法案の履行を拒否するものは、イラン暦1392年2月1日(注:2013年4月21日)に承認されたタアズィール刑第2~5度に基づき、刑の量定に応じて罰せられる。

発信者

ムハンマド・バーゲル・ガーリーバーフ(注:国会議長)

(出所)12月2日付『ファールス通信』記事を基に筆者作成

評価

 今次法案は、イラン国民の利益を代表する国会(立法府)が、制裁解除を実現できなかった弱腰の政府に対して、より強硬な姿勢で交渉に当たるべしと要求を突きつけるものである。ロウハーニー大統領が外交的努力を進める上で有害だと明確に反対したにもかかわらず、法案は可決された。本年11月27日に発生したファフリーザーデ核物理学者の暗殺事件(詳細は『中東かわら版』No.109を参照)が法案の可決を加速した側面はある。しかし、結果を見れば、ロウハーニー大統領が国会に対して全く影響力を行使することができない事実が露呈したことになる。これは、イラン国内で保守強硬派の影響力が日々拡大する現状を如実に示している(経緯については『中東かわら版』2018年No.111、2020年No.26を参照)。

 法案では、JCPOA規定の履行一部停止(ウラン濃縮上限の大幅な突破)が明言されており、イランの国際的な立場を弱める恐れがある。JCPOA規定では、イランはウラン濃縮度を3.67%以下に制限されるとともに、IR-1型遠心分離機の保有数を5060基に制限されている。しかし、法案ではウラン濃縮度を「直ちに」20%まで引き上げるとともに、性能の勝るIR-2M型とIR-6型遠心分離機の近い将来の稼働も盛り込まれており、ブレイクアウト・タイム(核兵器1個分の核燃料の製造にかかる期間)を短縮させる。また、IAEAが行う査察の受け入れ停止(第6条)によってイランによる核開発活動がブラックボックスに入り込む事態となれば、核不拡散に向けた国際的努力にとって大きな後退と言わざるを得ず、この点に関するイラン側の今後の出方が最大の注目点である。

 他方で、法案は交渉の余地も残している点には留意を要する。これまでもイランは制裁解除を実現できないJCPOA当事国にしびれを切らし、段階的に履行一部停止措置を講じてきた。本年1月5日には、ウラン濃縮の無制限撤廃を宣言していたことに鑑みても、今次の動きがこの延長線上にあることは明らかである(注:これまでイランはウラン濃縮度を4.5%に自制している)。特に、承認前の審議において監督者評議会が第6条に修正を加えている点(注:監督者評議会は期限を当初案の1カ月から2カ月に延長したとの指摘がある)に着目すれば、IAEAの保障措置協定の停止期限を敢えてバイデン政権成立以降に再設定した可能性が高く、法案の狙いはJCPOA復帰を公言するバイデン次期政権から譲歩を引き出すことであると推定できる。12月3日、ザリーフ外相は、「欧米がJCPOAを遵守するのであれば、法案は履行されず、イランはJCPOAを遵守する」と発言してもいる。今後、バイデン次期政権が米国内の分断や社会経済問題への対応に迫られる中、如何に迅速に対イラン政策で重要な決定を下せるかが課題となるだろう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「イラン:保守強硬派ライースィー師の司法長官任命」2018年No.111(2019年3月8日)

・「イラン:ガーリーバーフ国会議長選出とその意味」2020年度No.26(2020年5月29日)

・「イラン:ファフリーザーデ核物理学者の暗殺」2020年度No109(2020年11月30日)

 

 <中東分析レポート>【会員限定】

・「イラン第11期国会議員選挙の結果とその影響 ――有権者の投票行動に着目して――」R19-12

(研究員 青木 健太)

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