中東かわら版

№109 イラン:ファフリーザーデ核物理学者の暗殺

 2020年11月27日、首都テヘラン市近郊で、イランにおける核開発の中心人物と目されるモフセン・ファフリーザーデ氏が暗殺された。同氏はテヘラン州ダマーヴァンド郡アーベサルド市を乗用車で移動中、正体不明の武装勢力に銃撃され重傷を負い、病院に運ばれたものの死亡が確認された。同氏は、国連安保理決議1747(2007年3月24日採択)で、イラン国防軍需省所属の上級科学者であるとともに物理学研究所長の要職にあるとして、核・弾道ミサイル開発に深く関わる人物としてリストアップされていた。また、2018年4月にイスラエルのネタニヤフ首相が、イランが極秘裏に進める核兵器開発プロジェクトを主導しているとして名指しで批判したことでも知られる。一方で、イラン国民一般に幅広く知られた存在ではなかった。なお、イランでは、2010年以降少なくとも4名の核科学者が暗殺されている。

 同日、ザリーフ外相は「イスラエルの関与」を裏付ける明確な証拠があると即座に反応し、国際社会はこのような国家テロを断固非難すべきとの立場を示した。また、ハータミー国防軍需相も国営通信『IRIB』に対し、同省の研究・革新機構所長を務めるファフリーザーデ氏が「テロ作戦」によって殉教したと述べるとともに、背後にシオニスト体制(注:イスラエルを指す)の存在があると言及した。一方で、ハータミー国防軍需相は、ファフリーザーデ氏は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の検査キットやワクチン開発を主導していたと発言しているが、これは同氏が核関連の非常に機微な研究開発に従事していた事実を隠蔽するための、イラン国民向け説明と見られる。

 事件発生を受けて、28日、ハーメネイー最高指導者は弔意声明を発出し、第一に実行犯とその黒幕に対する「決定的な懲罰」を下し、第二に殉教者(ファフリーザーデ氏)による科学技術面での努力が今後も続くようフォローアップするよう関係各所に指示を出した。革命防衛隊のサラーミー総司令官はもう一歩踏み込み、加害者に対する「報復」がアジェンダに上がったとする声明を発出し、今後何らかの行動を起こす可能性に言及した。その一方で、ロウハーニー大統領はCOVID-19対策タスクフォース会合において、「仕返しがないものと思わない方がよい」と実行犯を牽制する一方で、「シオニスト達」の罠には嵌らないと述べ、抑制的、且つ、堅実な対応を検討中である様子を示唆した

評価

 今次事件において最も注目すべき点は、現時点で、如何なる勢力からも犯行声明が出されていないことである。この点は、本年1月3日に発生したソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官殺害事件の時とは決定的に異なる。こうした状況で、仮に、イランが明確な証拠を欠いたまま一方的に軍事行動に及べば、国際的な非難がイランに集中し、イランが不利な状況に追い込まれることは明白である。このため、ハーメネイー最高指導者が言及する通り、イラン側にとって、先ずは、徹底的な捜査を通じたファフリーザーデ暗殺犯の発見・確保、及び、背後での国家的関与の有無を明らかにすることが目下の最優先課題となる。

 とはいえ、イランが言及する通り、仮にイスラエル、具体的には諜報機関モサドが今次事件に直接関与していたとするならば、イランの主権が侵害され、同国での核開発の中心人物が白昼堂々と殺害されたことが域内の緊張を一段と高めたことは疑いようがない。この場合、イスラエルからのメッセージは、イランとバイデン次期米政権の接近を阻止することにあったと見られ、イランが挑発に乗り拙速な「報復」に及べば、正にイスラエルが望む通りの展開になる。このため、イランにはそうした事態を避けるべきとの抑制的判断が働くものと考えられる。但し、イラン国内の保守強硬派内では、本年7月2日に発生したナタンズ核関連施設「事故」に代表される通り、昨今の消極的な対応が相手につけ入る隙を与えているとして、主権侵害に対しては断固たる対応を求める声も高まっており、不確実性も存在している点には留意を要する。

 今次事件に先立ち、11月13日付『ニューヨークタイムズ』記事が報じるところでは、テヘラン市内でアル=カーイダNo.2の殺害事件が発生しており、イスラエルの関与が疑われるなど、同国がトランプ大統領の任期満了を目前に駆け込みでイランに対して様々な工作を仕掛けているようにも見える。もしこうした見方が正しいのであれば、イスラエルはトランプ政権にとって盟友であったかもしれないが、バイデン政権下では予測不能な危険因子となり得る。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「イラン:ソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官殺害とその波紋」2019年度No.165(2020年1月6日)

・「イラン:ナタンズ核関連施設での「事故」の発生とその余波」2020年度No.41(2020年7月6日)

・「イラン:ロウハーニー大統領がバイデン次期米政権に秋波を送る」2020年度No.107(2020年11月26日)

(研究員 青木 健太)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP