中東かわら版

№103 アフガニスタン:パキスタンのイムラーン・ハーン首相が和平支援を表明

 2020年11月19日、パキスタンのイムラーン・ハーン首相が就任後初めてアフガニスタンの首都カーブルを訪問した。首脳会談後の共同記者会見で、ガニー大統領は今次訪問を「歴史的」と評した上で、両国間に存在する相互不信を取り除く機会となることを期待する旨述べ、両国が協力して和平プロセスを進展させたい考えを示した。これに対し、ハーン首相は、「(パキスタンに)出来る全ての支援を行う」と決意を表明し、暴力削減に向けた支援を惜しまない旨を伝えた。またハーン首相は、本年9月に始まったアフガニスタン政府・ターリバーン間の和平交渉に至る過程で、パキスタンが多大な役割を果たしたと述べ、水面下で仲介支援をしたことを公に認めた。

 同日、両国は「アフガニスタン・パキスタン共通ビジョン」を発表、両国及び域内の平和と安定に向け連携する方針を確認した。同文書では、両国の領土を互いを脅かす目的で使用しない点が合意され、和平プロセスを阻害する「敵」に共に対抗することが約束された。今般醸成された機運を維持するため両国首脳の相互訪問を続けることも明記され、2021年3月末までにガニー大統領がイスラマバードを訪問する予定である。

 今次訪問中、ハーン首相(元クリケット・パキスタン代表主将)との友好ムードを演出するため、ハーン首相がクリケット・アフガニスタン代表チームと歓談するなど関係修復に向けた細やかな外交的配慮も見られた。

 他方で、アフガニスタン各地では「パキスタンはテロ支援国家」「アフガニスタン人を殺すな」と書かれた横断幕を掲げた抗議デモが発生し、アフガニスタン国民のパキスタンに対する不信感が根深い実態も露見した。

評価

 アフガニスタン・パキスタン両国関係は紆余曲折を経ており、特に1961年には一時断交に至るなど必ずしも一貫して友好的なものではない。近年では、アフガニスタン国内で発生する治安事件の背後にパキスタン軍部の存在があるとの批判がアフガニスタン国内では根強く存在し、両国関係は冷え込んでいる。こうした状況下、ターリバーンに対して多大な影響力を有すると見られるパキスタンが、和平プロセスの進展を支援すると公言した意義はアフガニスタンにとっては大きい。

 パキスタンがこうした姿勢を示す背景に、①米国からの圧力、②パキスタン国内事情があると考えられる。まず①について、本年9月12日の和平交渉開始以降だけでも、米国のハリールザード特使はパキスタンのバジュワ陸軍参謀長と3回(9月14日、10月8日、及び11月2日)もの会談を重ねており、こうした米国の粘り強い働きかけが功を奏し、ハーン首相が『ワシントン・ポスト』紙(9月27日付)に和平を支援する立場の論説を寄稿していた。また②についても、両国国境地帯の治安悪化はパキスタンの安全保障上の脅威であり、アフガニスタンにおける治安改善はパキスタンの安定に直結する。

 他方で、パキスタンにおいては軍部、特に軍統合情報局(ISI)が隠然たる権力を有しており、アフガニスタンにとっては文民政権だけでなく軍部からの理解を得られなければ実質的な意味はない。2018年8月のハーン首相選出に至る選挙過程で、同首相をパキスタン軍部が水面下で支援したとの見方は根強く、ハーン首相が軍部の意向に反した対外政策をとれるかは全く未知数である。パキスタン軍部が、今後も「戦略的縦深性」に基づき域内における対外政策を続ける懸念は排除されていない。この意味で、今次訪問がアフガニスタン和平プロセスに対して肯定的に働くかについては現時点では留保せざるをえず、今後適切にフォローアップされるか否かがより重要といえるだろう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「アフガニスタン:米国・ターリバーン間の和平取引合意と不安要素」2019年度No.185(2020年3月2日)

・「アフガニスタン:ターリバーンとの和平交渉が開始」2020年度No.77(2020年9月14日)

・「アフガニスタン:駐留米軍を2500名に削減へ」2020年度No.101(2020年11月18日)

(研究員 青木 健太)

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