中東かわら版

№98 アフガニスタン:ターリバーンが米国大統領選挙結果に反応

 2020年11月10日、米国大統領選挙においてバイデン民主党候補の当選確実が報じられたことを受けて、ターリバーンは「イスラーム首長国」(※ターリバーンを指す)名義で声明を発出した。ターリバーンは、米国と締結したドーハ合意(2020年2月29日締結)はアフガニスタン紛争を終わらせる重要な文書だとした上で、次期米政権に対して同合意を引き続き遵守するよう求めた。

 同声明の要旨は以下の通りである。

 

  • 米国での大統領選挙・政権交代は、彼の国の内政問題である。ただイスラーム首長国・米国間のドーハ合意は、(アフガニスタンの)戦争の終結と両国の良き未来にとって素晴らしき保証となるものだ。
  • ドーハ合意は争いの解決に向けて有効、且つ、道理に合った良いものであることを、イスラーム首長国は米国の次期大統領・政権に対して強調する。外国軍完全撤収、内政不干渉、及び、米国への敵対行為でアフガニスタンの国土を使用させないことは、両国民全ての利益であろう。
  • 我々(イスラーム首長国)はドーハ合意を遵守するとともに、同文書はアフガニスタンの諸問題解決の重要な基礎であると認識する。また、アフガニスタン国内の問題については、対話と交渉を通じて解決する。
  • 今後、イスラーム首長国は米国を含むすべての国々と、友好的な関係を持つことを希望する。次期米国大統領・政権は、自らの利益のために戦争を続けようと画策する個人・集団の存在に充分留意しなければならない。

評価

 ドーハ合意は米国・ターリバーン双方にとって利益のある「ウィン・ウィン取引」である。ターリバーンはアル=カーイダ(AQ)を含む国際テロ組織にアフガニスタンの国土を使わせないと米国に約束する一方で、米国は締結から14カ月以内にターリバーンが「占領者」と見做すアフガニスタン駐留米軍を完全撤収することに合意している。ターリバーンがドーハ合意から得られる利益は非常に大きい。このため、今次声明には、次期米国大統領・政権がドーハ合意を反故にしないよう釘を刺す狙いがある。

 もっともターリバーン内部に和平に反対する勢力がおり、これがドーハ合意を破綻させかねないと指摘する向きも見られる。確かに、ターリバーン指導部(クエッタ・シューラ)もミーラン・シャー・シューラ(パキスタン北ワズィーリスターン管区ミーラン・シャーに所在)とペシャーワル・シューラ(パキスタン北西部ハイバル・パフトゥンフワー州ペシャーワルに所在)に分かれ、これと別に北部シューラ(アフガニスタン北部・中央部で活動)やマシュハド・シューラ(イラン北東部マシュハドに所在)の存在が指摘されている。戦闘員数6万人とも試算される巨大な組織に成長したターリバーン内部に、異なる意見を有する勢力がおり内部分裂が生じていたとしても不思議ではない。一方で、過去に一時停戦合意(2018年6月、2020年5月、及び2020年7月の3回)やドーハ合意締結直前の暴力削減(2020年2月)が実現した事実に鑑みれば、ターリバーン指導部の命令は末端まで行き渡っており、一定の有効な指揮系統を保持していると考えられる。したがって、今後もターリバーンはある程度の凝集性を保ちつつドーハ合意の遵守路線を踏襲し、米国に対しても同様の要求を続けるだろう。

 他方で、アフガニスタン政府・国連は、ターリバーンはAQ含む国際テロ組織と関係を断絶していないと非難しており、ターリバーン側が合意を守れない懸念もある。実際、アフガニスタン政府は、10月下旬には中央部ガズニー州でAQ幹部を、11月10日には属州である「インド亜大陸のアル=カーイダ(AQIS)」幹部を軍事作戦の末殺害したと公表しており、ターリバーンが本当にAQと断絶したのかは疑問である。1980年代のソ連侵攻時、抵抗運動に共感する数多くのムスリムが世界各地からアフガニスタンに集い、AQは以来同国に地歩を築いてきた。AQ構成員の中にはソ連軍撤退(1989年)から再び世界各地に散り活動の場を拡げたものもいれば、アフガニスタンに留まって現地の女性を娶り、現在まで生活を続けているものも少なからずいると報じられている。このような経緯に基づくと、ターリバーンによるAQとの関係断絶は一筋縄ではいかない根深い問題であるといえ、将来的に、米国にとって「梯子を外された」と呼べる状況が出現する危険性もある。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「アフガニスタン:米国・ターリバーン間の和平取引合意と不安要素」2019年度No.185(2020年3月2日)

・「アフガニスタン:ターリバーンとの和平交渉が開始」2020年度No.77(2020年9月14日)

・「アフガニスタン:カーブル大学に対する襲撃事件が発生」2020年度No.95(2020年11月4日)

 

  <雑誌『中東研究』>(定価:本体2,000円+税 ※送料別)

・青木健太「ターリバーンの政治・軍事認識と実像――イスラーム統治の実現に向けた諸課題」『中東研究』第538号(2020年度Vol.Ⅰ)、2020年5月、64-77頁.

(研究員 青木 健太)

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