中東かわら版

№95 アフガニスタン:カーブル大学に対する襲撃事件が発生

 2020年11月2日、カーブル大学に対する襲撃事件が発生した。報道によると、武装勢力3名(注:2名との報道もある)が同大学の行政学科が所在する法学部棟(2階建て)を襲撃し、大学生18名(内、16名が行政学科の学生)を含む22名が死亡、40名以上が負傷した。民放『トロ・ニュース』は、軍服を着用しAK47自動小銃を携行した武装勢力が、法学部棟にある行政学を教える訓練センターを標的とし、同建物前で警備員を殺害した後1階に侵入、そのまま2階の教室に移動し学生に対して無差別に発砲したと報じた。また、同報道によれば、多くの学生が建物の2階から飛び降りようとしたが、逃げ切れなかった学生18名が犠牲となった由である。

 同日、「イスラーム国」は、アナス・バンシーリーとターリク・ホラーサーニーの2名が、背教者であるアフガニスタン政府の裁判官・捜査官の集会を狙った攻撃を実行したことを認めた。

 一方でターリバーンは同日、ムジャーヒド報道官名義の声明を発出し、カーブル大学に対する攻撃は「ナンガルハール州とジョウズジャーン州で壊滅した勢力」(注:「イスラーム国」を指すものと考えられる)によるものだと非難するとともに、「イスラーム首長国」(注:ターリバーンを指す)のムジャーヒディーンは教育施設を標的にすることは一切ない、と関与を全面的に否定した。

 最高学府であるカーブル大学が標的とされ、国の将来を担う多くの若者が犠牲となったことから、今次事件を受けてアフガニスタン国内では大きな波紋が広がった。ガニー大統領は「卑劣なテロ行為」と断じ、翌3日を服喪のため国民の休日とした。また、事件現場となったカーブル大学では、憤った学生らが「和平交渉をボイコットせよ」との横断幕を貼るなど、関与を否定しているターリバーンに対する批判を高めている様子も見られる。

 ターリバーン批判の急先鋒として知られるサーレフ第一副大統領も、犯人の所持品からターリバーンの旗が見つかり教室の壁には「ターリバーン万歳」と書かれていたと発言し、真の犯人はターリバーンだと名指しで批判した。同副大統領は、「イスラーム国」の犯行声明で映し出された武器と、射殺された犯人から回収された武器が実際には異なるとも指摘している。

評価

 カーブル大学は1932年に創設された国立総合大学で、名実ともにアフガニスタンの最高学府である。過去から現在に至るまで、政治・経済・文化など多分野にわたり優秀な人材を輩出してきた。今般、同国において教育の象徴であるカーブル大学が襲撃され、多くの前途ある若者が無慈悲に殺されたことに対する国民の心理的な衝撃は大きい。

 今次事件の犯行を認めた「イスラーム国」は、アフガニスタンにおいては「ホラーサーン州」名義で、2015年1月から属州として破壊活動を続けてきた。昨年来、アフガニスタン国家治安部隊・外国軍による合同軍事作戦により、北西部ジョウズジャーン州、及び東部ナンガルハール州での勢力は衰退傾向にあり、現在、最も活発だとされるナンガルハール州でも支配領域をほとんど失っている。他方で、少数民族ハザーラ人(シーア派)による有力指導者の追悼集会に対する襲撃(3月6日)、大統領就任式典へのロケット攻撃(3月9日)、シーク寺院に対する攻撃(3月25日)、ナンガルハール州の刑務所襲撃(8月2日)、及び首都カーブルのハザーラ人が多く通う教育施設に対する自爆攻撃(10月24日)等、特に都市部で衆目を集める攻撃を散発的に実行し、一定の作戦遂行能力を誇示してきた。このため、アフガニスタンでは全体的に「イスラーム国」の勢力が衰退しているとはいえ、依然として警戒を解くことができない状況が続いている。

 今次事件で注目されるのは、「イスラーム国」がアフガニスタン政府を背教者と断定し、その将来の担い手である法学部の学生を標的としたことであろう。先述の通り、大統領就任式典に対するロケット攻撃を実行したことを見ても、「イスラーム国」がアフガニスタン政府を狙うこと自体は決して珍しくはない。しかし、アフガニスタン政府に資する如何なる存在も攻撃対象に含める姿勢を鮮明にしたことで、同国における安全地帯はさらに狭まった。なお、事件当日、カーブル大学で開催されていたイラン・ブックフェアが狙われたとの報道も見られたが、犯行声明にイラン権益を狙った旨は記述されていない。

 今後、国民の間では反ターリバーン感情が高まっていることから、今次事件のアフガニスタン和平交渉への影響が懸念される。ターリバーンは今次事件への関与を完全否定しているが、アフガニスタン政府高官は、ターリバーンが未だに暴力削減に応じていないことを問題視している。ターリバーンにとって、国民の教育・福祉への敵対行動は民心掌握に反するため、実行する合理性は低いものの、5月12日にカーブルで発生した産婦人科病棟に対する無差別発砲事件(新生児2名を含む民間人16名が死亡)のように、最近では犯行主体が特定されずにお蔵入りする事件も増えている。同様に、モスクの導師らに対する犯行主体が不明の標的殺人も増加しており、これらの事件にターリバーンが関与した疑念が深まっている。

 このため、アフガニスタン政府は恒久的な和平実現に向けて、ターリバーンとの和平交渉を通じて停戦合意を引き出す不断の努力を続ける必要がある。同時に、対話の対象ではない「イスラーム国」やアル=カーイダなどの国際テロ組織に対しては掃討作戦を続ける必要があり、政治・軍事両面で試練に直面している。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記もご参照ください。

 <中東かわら版>

・「アフガニスタン:各地で複数の治安事件発生とその示唆」No.17(2020年5月13日)

・「アフガニスタン:ドーハ合意後の治安・軍事情勢」No.46(2020年7月21日)

 

 <イスラーム過激派モニター>【会員限定】

・「「イスラーム国」によるアフガニスタン刑務所襲撃の声明」M20-07(2020年8月5日)

(研究員 青木 健太)

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