中東かわら版

№90 シリア:政府支配地域、北西部、北東部のCOVID-19感染状況

 シリア政府の保健省によると10月22日現在のCOVID-19累計感染者数は5267人、死者は260人である。また新規感染者数は数十人に抑えられており、こうした数字はシリアが他国と比べて感染抑制に成功しているように見える。しかし、保健省発表の数字は政府支配地域からのみ集められたデータであり、イスラーム過激派「シャーム解放機構」が支配するイドリブ周辺の北西部やクルド勢力が支配する北東部の情報は反映されていない。以下に、シリア全土の累計感染者数を政府支配地域、北西部、北東部に分けて表した。また、感染者が増加し始めた8月以降の新規感染者数についても、各地域ごとに表した。3地域のデータを合算すると、10月22日現在の累計感染者数は1万2279人(回復者合計3779人)、死者は384人となる。

 

(出所)シリア保健省、シリア救済政府(シャーム解放機構民生部門)保健省、北東シリア自治行政保健機構(ロジャヴァ)、現地メディアをもとに筆者作成。

 

評価

 世界保健機構(WHO)から毎日発表されるシリアの感染者数は、基本的に保健省発表のデータに基づいている。そのため、シリア全土の感染状況を確認するためには、反体制派が独自に発表するデータも合わせて収集しなければならない。3地域の感染状況を表した上記グラフからは反体制派地域における感染者の増加が見られ、明らかにシリアが感染拡大の局面にあることを示している。さらには、保健省発表のデータが政府支配地域の感染状況を正確に反映していない可能性がある。イギリスの研究者チームは、9月2日時点における政府によるダマスカスの死者報告数が実際の1.25%に過ぎないと推計した。10月7日付ロイターも、ダマスカスのCOVID-19死者埋葬業者の話として、今年の7~8月に例年の3倍以上の数の遺体が埋葬されたと報じた。

 シリアで感染が拡大した要因として、10年にわたる内戦によって全国的に医療インフラが破壊され、検査機器・感染防護具・人工呼吸器・ベッドなどが不足していることが挙げられる。また、内戦による市民の収入の減少や最近のポンド急落による物価高騰で、シリア人口の半分が人道支援を要する状態にある。このような生活状況において、高額なCOVID-19検査の受診を躊躇する市民が多いという。つまり、シリアにおける感染拡大は紛争が一つの原因であると言える。

 紛争は北西部、北東部の感染拡大にも影響を及ぼしている。それぞれの地域を支配する勢力は、感染抑制策としてマスク着用の励行、消毒活動、学校・レストランなどの閉鎖を実施しているが、国内避難民が集住するキャンプでは根本的に社会的隔離が困難である。国連がシリアに人道支援物資を運搬するために4つの国境通過所が使われていたが、7月の安保理決議において、欧米・ロシア・中国の対立が原因で、支援提供者が通行可能な国境ポイントは北西部シリア・トルコ国境沿いのバーブ・ハワだけとなった。支援物資を輸送する車両が戦闘によって支援先の場所に到着できない事例もある。シリアの市民は、紛争によって生活環境が激変したことに加えて、紛争に関与する諸国の対立によってCOVID-19感染リスクに晒されている。

(上席研究員 金谷 美紗)

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