中東かわら版

№82 リビア:石油輸出の再開

 2020年9月18日、リビア国民軍(LNA)のハフタル総司令官は今年1月からの石油輸出の封鎖措置を解除し、輸出再開を許可すると発表した。また同日、彼と対立する国民合意政府(GNA)のマイティーグ副首相も輸出再開に関するハフタルとの合意点を明らかにした。両者の取り決めでは、大きな争点である石油収入の管理は、3カ月以内に新設される「共同技術委員会」が担う計画である。その一方、リビア国営石油会社が要求している石油施設からの傭兵の撤退には言及されなかった。

 今般の発表を受け、石油輸出港では輸出再開の準備が始まった。23日、東部トブルクのハリーガ石油輸出港にタンカーが到着し、100万バーレルの原油が積み込まれた。さらに、石油三日月地帯にあるブレガ及びズウェイティーナ両石油輸出港についても国営石油会社が操業再開を許可した。したがって、1月以降に激減した石油収入が回復する見通しが立った。

図 石油・ガス収入の推移と歳入状況

(出所)トリポリ拠点の中央銀行と国営石油会社の発表をもとに筆者作成

  

評価

 今般、東部勢力のハフタルとGNAのマイティーグが石油輸出の再開で合意できた背景には、ロシアの仲介が大きな役割を果たしたことがある。18日の発表に先立ち、ソチでマイティーグとハーリド・ハフタル(ハフタルの息子)が会談を行い、石油輸出の再開に合意したと報じられた。また合意内容において、石油施設に駐留するロシアの民間軍事会社「ワグネル」の撤退が求められていない点も、ロシアの関与を大きく裏付けている。

 また、GNA副首相であるマイティーグがハフタルとの合意を取り付けたことは注目に値する。GNAは停戦に応じないハフタルとの対話を拒否する姿勢を貫き、8月21日の停戦発表時に示されたように、主にサーレハ代表議会(HOR)議長と政治対話を進めてきた。そのため、ハフタル・マイティーグ間の合意の発表に対し、サッラージュGNA首相やミシュリー国家高等評議会(HCS、GNA諮問機関)は不快感を示している。こうしたGNA内の亀裂が生まれると予想されながらも、マイティーグがハフタル側と交渉に臨んだのは、サッラージュ首相の後任を見据え、実績づくりを図ったからだと考えられる。同首相が辞任の意向を示す(9月16日)状況下で、マイティーグがGNAの優先課題であった石油輸出の再開にこぎつけたことは、彼の存在感を高める要因になるだろう。

 一方のハフタルの思惑について、8月21日の停戦発表の過程でハフタルは蚊帳の外に置かれたことから、彼は石油輸出の許可を政治カードとして利用することで、自らの影響力を誇示し、今後の政治対話での主導権を握る狙いがあると考えられる。

 今後、石油収入の増加が経済状況の改善につながるかどうかも注目される。8月以降、トリポリやベンガジを中心に各地で社会経済的な不満を訴える抗議デモが活発化しており、GNA、東部政府とも社会インフラの整備や経済再建策の対応に迫られている。しかし、上図が示すとおり、石油輸出の停止の影響により、今年の歳入は当初の予算計画額を大きく下回っており、追加支出の財源に余裕がない状態である。この先、輸出再開により歳入の増加が予想されるものの、東西の両政府による二重の財政支出が続く限り、財政問題が劇的に改善する見通しはない。このまま国民の生活水準が悪化の一途を辿った場合、大規模な反政府デモが発生する恐れもあるだろう。

  

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

<中東かわら版>

・「リビア:国民合意政府が停戦発表」No.65(2020年8 月24日)

(研究員 高橋 雅英)

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