№79 イスラエル・UAE・バハレーン:パレスチナ不在の中東和平調印式
2020年9月15日(日本時間16日)、イスラエルのネタニヤフ首相とUAEのアブドッラー・ビン・ザーイド外務・国際協力相、バハレーンのアブドゥルラティーフ・ザイヤーニー外相は、米国のトランプ大統領とともに、イスラエル・UAEおよびイスラエル・バハレーン間の国交正常化調印式をワシントンで執り行った。8月13日、9月11日にそれぞれ発表された国交正常化合意が、これによって正式に実現したこととなる。
トランプ大統領は、調印式の記者会見において、さらにアラブの5~6カ国がイスラエルと国交正常化で合意する可能性があると発言した他、イスラエルが反対するUAEへのF35戦闘機売却交渉を続ける意思も示した。ただし、国交正常化合意を受けて政権期間中はイスラエルのパレスチナ西岸地区の併合を承認しないのかという、記者の質問には答えなかった。13日付『Times of Israel』紙では、国交正常化交渉に直接関与した情報筋の話として、米国は2024年まで(トランプ政権2期目の終了年)西岸併合を許可しないとUAEに確約したことが報じられた。なお、国交正常化文書にはイスラエル・パレスチナ和平の達成が謳われたが、同文書や記者会見において和平交渉の再開やその方策については具体的な言及はなかった。
評価
ネタニヤフ首相は、本合意によって地域内でのイスラエルの孤立が解消されつつあることをアピールした。UAEとは国交正常化合意の発表以降、様々な経済・技術協力を進めており、主なものではイスラエルのハポアリム銀行とUAEのNDB銀行の業務提携、イスラエルのシェバ医療センターとUAEのAPEXナショナル・インベストメントの、COVID-19検査キット開発のための業務提携などが発表されている。他方でバハレーンとは、ベニー・ガンツ副首相兼国防相がはバハレーンのアブドッラー・ヌアイミー国防担当相と地域の安全保障環境について協議するなど、国防分野での関係強化に意欲的な姿勢がうかがえる。
米国は、解決の見込みのないパレスチナ問題を域内アジェンダから排除し、「中東の平和」を演出した。トランプ大統領としては、イスラエル・UAE・バハレーンの要人が並んだ様子を、イスラエルのラビン首相・パレスチナ解放機構のアラファト議長・米国のクリントン大統領が並んだオスロ合意(1993年)を超えたフォトジェニックな風景として人々の目に映し、11月の大統領選挙に向けた追い風としたいところだろう。
もっとも、イスラエルとアラブ諸国の国交正常化の仲介は、米国大統領選挙でトランプ大統領の支持基盤である福音派票とユダヤ票の獲得に繋がるとは思われるが、パンデミック対策の失敗や失業者増などの経済問題こそが国民の重大関心事項である中で、仲介外交の「成功」がトランプ勝利に直結するかどうかは疑問である。しかしながら、トランプ大統領にとって重要なのは中東和平そのものより、「無理難題をやってのける」という自身の政治手腕を国民にアピールすることであろう。そうでなければ、パレスチナを蚊帳の外に置いた中東和平調印式を「歴史的成果」と呼ぶことも、調印式をフォトジェニックなものとして見せることもできないはずだ。
【参考情報】
関連情報として、下記レポートもご参照ください。
<中東かわら版>
「パレスチナ:UAE・バハレーンのイスラエル国交正常化に対する対応」2020年度(9月14日)
「バハレーン:イスラエルとの国交正常化合意を発表」2020年度No.76(9月14日)
「サウジアラビア:イスラエルとの国交正常化を改めて否定」2020年度No.71(9月3日)
「イスラエル・UAE:国交正常化の背景・思惑・影響」2020年度No.58(8月14日)
<中東分析レポート>※会員限定
「中東各国におけるイスラエル・UAE国交正常化への反応」No.R20-08(8月26日)
(上席研究員 金谷 美紗)
(研究員 高尾 賢一郎)
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