№78 パレスチナ:UAE・バハレーンのイスラエル国交正常化に対する対応
2020年9月11日、イスラエルとバハレーンは、トランプ米政権の仲介により国交正常化で合意した。ネタニヤフ首相は、UAEに次ぎバハレーンとも合意できたことを「平和の新時代」と称賛した。しかし、イスラエルの占領地撤退を和平の大前提とするパレスチナ自治政府(PA)は、バハレーンの行為をパレスチナ人に対する(UAEに次ぐ)新たな裏切り行為と非難し、マーリキーPA外相は駐バハレーン・パレスチナ大使を呼び戻した。アシュタイヤPA首相は、バハレーンはパレスチナ人の利益より自国の短期的利益を優先した、本合意はイスラエルの占領・入植地政策・アル=アクサー・モスクに対する攻撃をバハレーン自身が正当化したことを意味すると非難した。ガザを支配するハマースも、バハレーンの支配者はイスラエル占領当局の側に立ち、パレスチナ問題とアラブの利益に背を向けたと非難し、アラブ諸国にイスラエルとの国交正常化に反対する行動をとるよう呼びかけた。
アラブ諸国の中でイスラエルとの国交正常化の動きが相次ぐ中、地域で孤立化するパレスチナ側は、パレスチナ問題への支持を取り付けるべく行動している。2日、ハマースのハニーヤ政治局長は27年ぶりにレバノンを訪問し、同国のディヤーブ首相、ベッリ国会議長、総合治安庁長官、未来潮流議員、ヒズブッラーのナスルッラー書記長とパレスチナ問題について協議した。同日、ベイルートで、ハニーヤ政治局長、パレスチナ・イスラーム聖戦(PIJ)のナハーラ書記長、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)幹部の会合も行われた。ハニーヤ政治局長は6日にレバノン南部のアイン・ヒルワ難民キャンプも訪問し、パレスチナ難民などから歓待を受けた。さらに、同政治局長のベイルート訪問中の3日には、ラーマッラーにいるアッバースPA大統領の主催で14のパレスチナ諸派が一堂に会するビデオ会議が行われ、イスラエルに抵抗するための方策が議論された。
評価
2007年以来反目し続けてきたファタハとハマースが、イスラエルの西岸併合計画や、UAE・バハレーンのイスラエルとの国交正常化合意に直面して共闘姿勢を見せている。ハマースに至っては、イスラエルと交戦した過去があり、イスラエル抵抗運動のヒズブッラーを擁するレバノンを訪問し、要人と会談した。ハマースのねらいは、パレスチナ問題の意義を対外的にアピールすると共に、パレスチナの権利を守る組織としての正統性(特にファタハとの対比で)を強調しすることであったと思われる。
しかし、こうした共闘姿勢や外交活動を行ったとしても、以下の理由からパレスチナの孤立化は変わらないと考えられる。第一に、パレスチナ諸派の共闘はあくまで「姿勢」であって、内実は伴っていない。14諸派合同会議において、ファタハは自身が主流派であるPLOこそがパレスチナ利益を代表する正統な組織と主張し、一方ハマースはイスラエルの存在を認めず、パレスチナの地を1インチも譲らないとの従来の主張を繰り返し、自組織はPLOの「代替案」になりうると述べ、双方の溝がいまだ存在することを示した。
第二に、アラブ諸国は、イスラエルが地域に存在すること、イスラエル・パレスチナ和平交渉が進展しない現状から利益を得ている。イスラエルと正式な外交関係を有さないアラブ諸国が、1990年代以降イスラエルと経済関係を構築してきたことは周知の事実である。和平交渉に関しては、双方が妥協して合意できるフォーカル・ポイントが存在しないため、和平交渉の再開を促したり仲介したりする作業はアラブ諸国のコストとなる。最終合意事項(国境線、帰還権、首都)について強制的に何らかの合意を作り上げた場合も、パレスチナやイスラエル双方の強硬派による暴力的な反発が予期される。アラブ諸国の本音としてはパレスチナが「暴発」しない限り、すなわちパレスチナ自治区地域がインティファーダのような暴力的事態に発展しない限りにおいて現状が維持された方が、対パレスチナ・イスラエル関係において自国が負うコストは小さいと言えよう。こうした状況に鑑みると、アラブ諸国にとって国交正常化はイスラエルとの現状を公式化する合意であると同時に、イスラエルとの経済関係の強化を通じて大きな利益を得られる、抵抗しがたいメリットなのである。
【参考情報】
関連情報として、下記レポートもご参照ください。
(上席研究員 金谷 美紗)
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